中学・高校の実践事例

体験と知識の両輪で学ぶ情報モラル
〜仕組みを知り、「なぜ」が分かるモラル理解へ〜
茨城大学教育学部附属中学校

茨城大学教育学部附属中学校

技術・家庭科だからこそできる指導がある。
情報教育の重要性が叫ばれる中、
中学校技術・家庭科の「情報とコンピュータ」学習において
仕組み"への理解を土台に
「体験」と「知識」とを組み合わせた実践を進める
茨城大学教育学部附属中学校を 取材した。

モラルに始まるパソコン体験

パソコンと向き合うときと、先生の話を聞くとき。

パソコンと向き合うときと、先生の話を聞くとき。それぞれにしっかりと体の向きを変え、集中する対象を切り替える生徒たち。コンピュータを使う授業では大切なポイントだが、しっかり徹底できている授業は決して多くない。

茨城大学教育学部附属中学校へお邪魔したのは、年の瀬も近い11月のこと。取材するのは1年生の技術・家庭科の時間だ。大学キャンパスの一角らしく、窓外には鮮やかに色づ いた大きな木々を望めるコンピュータ室では、この日が2時間目という「情報とコンピュータ」の授業が行われていた

中学校でコンピュータに関する学習を担う技術・家庭科は、それが元来「ものづくり」を取り扱う教科だけに、ともすれば技術や仕組みの指導に偏りがちという指摘も耳にする。

「コンピュータは小学校のときから総合的な学習の時間や教科の学習で利用していますし、家庭への普及率も高く、日ごろから道具として活用しているという実態があります。そこで本校では、情報通信ネットワークを学びながらモラルについて考えることをスタート地点としています」

そう語るのは技術・家庭科の萩谷先生だ。

「情報モラルには、多分に道徳的な要素が含まれます。しかし、同時にコンピュータやネットワークという技術に支えられた世界の話になることから、それら技術面への理解抜きでは、単なる禁止やべき論など、子どもたちの腑に落ちにくい指導になってしまう恐れがあります。技術・家庭科だからできる仕組み"の理解を土台にしながら、体験を織り交ぜて学ぶことで、モラルを単なる知識ではなく態度として定着させられるのではと思っているんですよ」

仕組みを学ぶ技術・家庭科だからこそできるモラル教育。あえて学習の出発点に位置づけられたその実践を見せていただくことにした。

知ることと推し量ること

1年生の、しかも2時間目のコンピュータ授業とあって、生徒たちはワクワク感を抑えきれない様子で授業開始を迎えた。

まず、ユーザーIDとパスワードについて、萩谷先生の説明からスタートだ。先生が手にかざしたのは手提げ金庫。

「金庫の中に入ったものを守るのに必要なのは何かな?」

「カギです!」生徒から声が上がる。

「そう。みんながコンピュータを使うとき、自分が作ったデータや、住所など他人に知られたくない情報を取り扱うこともあると思います。それを守るカギの役目をするのが、ユーザーIDとパスワードなんです」

うなずきながら聞き入る生徒たち。身近な例えから説き起こす萩谷先生の話術が見事だ。

続いてその「カギ」を実際に自分たち自身で設定していく作業に進む。前回の授業で、情報通信ネットワークの特徴や、生活とのかかわり、コンピュータの基本的な取り扱いについては学習済み。
この日のユーザーID、パスワード設定が、前回学んだ仕組み"の上で、自分の作業環境を守るためのものだということが、しっかりと認識されていくのが分かる。

「これから皆さんに自分のパスワードを考えて設定してもらいますが、パスワードに使ってはいけないものについて考えてみましょう」そう言って萩谷先生が取り出したのは携帯電話だ。

「今日は先生の娘の携帯電話を借りてきました。娘が携帯電話を使い始めたのは最近のことだけれど、最初にどんなパスワードを設定していたかと言うと……」

「生年月日ですか?」と生徒。

「そう。だから先生にも簡単に分かった。これじゃ危ないよ、と言ったら変えたようなんだけど、今度は学校の出席番号だったみたいで、これも先生にはすぐに分かってしまったんだ」

先生の話に笑いながらも生徒たちの集中力は途切れない。携帯電話の持ち込みが禁止されている同校だが、やはり現代の中学生にとって、携帯電話はもっとも身近な話題のひとつなのだろう。「だから、皆さんがこれから考えるパスワードは、ほかの人が簡単に推測できるようなものにしないでください。4〜8桁で、英文字と数字をまぜること」

うなずきながら設定作業に入る生徒たち。パスワードを「忘れない、書き留めない」というルールもしっかり胸に刻んだようだ。

身近なことからスタートするから「その先」を推し量る力が育っていく。学びを根無し草にしない萩谷先生の授業は、伸びゆく枝葉を生み出す太い幹のようだ。


萩谷 正教先生
萩谷 正教(はぎや・まさのり)先生

茨城県内の技術・家庭科教育を、持ち前の行動力で活気づけ、牽引している中心人物。3年生の学年主任を兼ねる多忙さの中でも、よりよい指導の追求と実践に余念がない。「これからのネット社会に生きる生徒たちに本当の力を身につけさせるには、教科・領域横断的なカリキュラム作成が必要になりますね」と語る口調からは、その困難に立ち向かう決意が感じられた。


加藤 理先生
加藤 理(かとう・おさむ)先生

水戸市立第二中学校で技術・家庭科を担当。現在は茨城大学に内地留学中。この日はオブザーバーとして授業を参観、示唆に富む萩谷先生の実践に見入る姿勢は真剣そのものだった。「中学校技術・家庭科には、ものづくりと情報という2つの柱がありますが、それぞれが別のものではなく結びついて生徒の力になるようにしたいと考えています」と語る。