中学・高校編
なりたい自分になるために 3年間で明確な進路意識をはぐくむ
〜 「総合的な学習の時間」をトータルで導く教師の協働〜 熊本県立鹿本高等学校
今、高校における 「総合的な学習の時間」は、どのように展開され、生徒らはどのような学びを得ているのだろうか。 「総合的な学習の時間」の中心にキャリア教育を据え、3年間の連関性を高めたカリキュラムを組む熊本県立鹿本高等学校を訪ねた。
全国に先駆けた
単元開発
3年生の単元「未来への架け橋」での1コマ。「整備士は車好きな人が向いている」でも 「車が好きなだけでは整備士にはなれない」。ひたむきに現実と向き合う高校生の姿だ。
1999年4月、文部科学省の研究開発校の指定を受けた鹿本高校。期間は3年間で、研究開発課題は 「高等学校の生徒の能力、適性、進路等に弾力的に対応する教育課程の研究」。2003年からの 「総合的な学習の時間」本格導入に先駆けて、単元開発を行うこととなった。
最初に取り組んだのは、 「総合的な学習の時間」導入にあたっての基礎作り。研究担当の先生方を中心として、教職員全員でこれからの教育のあり方や地域における鹿本高校の役割、保護者や教師の思いなどを改めて見つめ直した。そして、生徒たちの実態を把握し、彼らに対して本当に 「つけたい力」とは何なのかを考えるところから、このプロジェクトは始められた。それはまさに、土壌作りからのスタートだった。
「つけたい力」を
明確にとらえる
すべての教職員が自校の教育目標を再度見直し、生徒たちの将来像を見据えたとき、はぐくむべきものは 「自己構築力」と 「豊かな人間性」であると結論づけられた。
【自己構築力】
自己の未来像を想像し、設計図を描き、期間を定め、必要な材料を集めて乗り越えるべき問題を発見し、調査・検討の上解決し、理想的な自己を実現する力
【豊かな人間性】
他に対して心を開き、新しいものを柔軟に受け入れ、また積極的に挑戦し、外に向かって自己を表現・ 発信し、他と協力して社会と共生する自分であるよう努めること
そして、そこへ至るための 「つけたい力」は、以下の4つに分類されている。
(1)方法知
問題解決能力や討論技術など、学ぶために必要なスキルを獲得する
(2)内容知
教科横断的な発想を可能にすることで、学びに対するモチベーションを向上させる
(3)自己知
自己理解を深め、これからの自分の生き方に対する考えを深める
(4)パフォーマンススキル
自分の考えを巧みに表現し、他者と協力して物事を成す能力を培う
キーワードは 「連関性」と 「協働性」。
3年間を通じて、生徒たちの学びが相互に関係し、ステップアップできるようなカリキュラム作りを目指すことが 「連関性」のポイントとなる。そして 「協働性」は、 「総合的な学習の時間」という新たな課題を、教師一人ひとりが共通の問題としてとらえること。そうすることで、学校という組織の中で風通しの悪かった部分にも動線を引き直し、協働を生み出す第一歩へとつながっていったのだ。
身近なものから
「方法知」を学ぶ
では、3年間のカリキュラムの連携はどのように図られているのだろうか。
その連携を実際に見せていただくため、研究開発校の指定以降も総合的な学習の時間を積極的に活用し続けている鹿本高校の、1年生、2年生、3年生のそれぞれの授業を取材させていただいた。
1年生の教室で行われていたのは、間近に迫った文化祭の準備。4〜5人のグループに分かれて、それぞれが模造紙に向かっている。
これは 「Apple Program」というカリキュラム。1年生の前期に行われる単元だ。生徒たちの身近なものを題材にし、課題発見・課題設定・課題解決の方法や情報収集・情報整理の方法、発表・表現技法、すなわち 「方法知」の基礎を学ぶことが目的となる。模造紙にまとめるという段階は、この単元の最終段階。クライマックスは文化祭での発表だ。
香水について事前にまとめておいたシートを確認。
「総合的な学習の時間」を受け持ち、さらなる質の向上を目指す総学推進部で、1年生を担当する柳瀬先生は次のように説明してくれた。
「このクラスは全員、『香水』をテーマとしています。香水について疑問に思うことや興味を持つことを主軸にしてグループ分けを行いました」
グループごとに課題を割り振られるのではなく、調べたい課題ごとに人が集まってグループを作る。生徒たちの知的好奇心を刺激し、 「学びたい」という気持ちを生かす工夫だ。
生徒たちの手元には、歴史や原料、種類などの切り口でA3用紙にまとめられた、香水に関するデータがある。それをそのまま模造紙に拡大するのではなく、相手にいかに印象的に伝えるかを主眼にレイアウトを考える生徒たち。
「タイトルの文字は何色にしようか。香水といえば何色かなぁ」
「香水の香りを感じるような、華やかな文字にしたいよね」
生徒たちはカラフルなマーカーを手に、強弱を考えながら模造紙に文字を並べていく。イラストや図なども積極的に見せようと、これまでに調べて得た情報を並べて検討している。この単元では 「パフォーマンススキル」の向上も視野に入れられているのだ。
らせんを描いて
ステップアップする学び
一方、2年生の教室で行われていたのは、本格的なディベートの授業。これは2年生の前期で行われる 「知の方法論〜ディベート〜」という単元だ。
この日の論題は 「日本の未成年者の携帯電話使用を大幅に制限すべきである。是か非か」。肯定側と否定側、それぞれ5人ずつが前に出て対戦する形式だ。ほかの生徒たちは、行われるディベートの要点をシートに書き記し、最終的な勝敗を決めるジャッジ役となる。
肯定側が打ち出したメリットは 「直接コミュニケーションの増加」 「通信費に当てていたお金を別の目的に使える」 「犯罪からの回避」という3つ。どんな反駁が効果的?
司会役の生徒の先導で、立論、質疑、反はん駁ばくとディベートは進む。この日、慣れない取材に生徒たちは少々緊張気味。気恥ずかしさもあって、うつむきがちで小さめの声になってしまったものの、ディベート自体は極めてスムーズに進められた。証拠資料や説明の明確さも十分で、ジャッジ側の生徒たちが下したポイント数も、みな、なかなかに拮抗していた。
また、そうしてジャッジする生徒も議論に集中し、全員が漏らすことなく的確に要点を書き記し、私語もなく、肯定・否定の意見・反論に真剣に聞き入っていたことが印象的だった。
「生徒たちは後日、文化祭でクラス対抗のディベート大会に出場するんですよ。その前に、明日は隣のクラスとの練習試合です」と、2年生の総合的な学習の時間担当の徳永先生。
この単元では、現代的な課題を対象にし、ディベートを通して論理的思考の育成、意志決定力、問題発見・解決能力の育成、情報収集・整理力の育成、発表・表現の技法を習得することを目標としている。
ジャッジシートは、それぞれの立論や反駁の要点を書き出し、最終的に 「声の大きさ・発表態度」 「証拠資料」 「わかりやすさ」 「説得力」の4つを5段階で評価し、得点をはじき出して勝敗を決めるためのものだ。
これは 「Apple Program」とかなりの部分で重なっているが、技術的な手法は同じでもその学びは確実にステップアップしている。
鹿本高校の総合的な学習の時間のカリキュラムには、1つの大きな特徴がある。それは 「らせん」だ。その詳細は後述するが、続いて3年生の教室にお邪魔するとしよう。