中学・高校の実践事例
自分を表現し 他人を受け止める
〜ワークショップ型授業と「おしゃべり」の効用〜 栃木県足利市立坂西中学校
能動的な学びの力
ワークショップの基本は時間厳守。といっても追い立てられる感覚なしに、作業への集中がそれを実現しているのが小川学級のすごさだ。
予定の10分を経過して、書き出し作業はひとまず打ち切り。ここで先生は『ジャストジャンプ2@フレンド』のスライド教材に自ら手を加えた資料を投影して、個人情報についての説明を行った。
オリジナルのスライドでは、個人情報が3大別されると共に、それぞれの例が同時に示されているのに対して、小川先生が手を加えたスライドでは、その3大別のみが示されている。
具体的な個人情報の例をここですぐに出さないことで、生徒たちは自分たちが書き出した 「個人情報の候補」が、どの分類に当たるものかを考えてみたに違いない。これこそが小川先生がねらった 「気づき」だ。
すぐさま先生は、模造紙上にはられた付せん紙を、この3つの分類に沿って分けるように指示を出した。
自分たちが出したアイデアを、新たに目の前に示された枠組みに沿って整理していく。手を動かすことで、知らず知らず論理的な思考が身に付いていく。ワークショップのエッセンスを取り入れた小川流授業ならではのポイントだ。
分類作業に使った時間はおよそ5分。小川先生は作業の終了を告げると、ここではじめてスクリーン上に、個人情報として考えられる具体的なものを映し出して説明を行った。自分の頭で考える時間を過ごした生徒たちだけに、この説明が吸い込まれるように理解されていくようすが、その表情からも伺える。
生徒は
社会を映す鏡
個人情報の用途について、あまりにも悪用事例が多く出されることに驚く。生徒たちの思考には、間違いなく社会のありさまが投影されている。
先生からは休まず次の指示が飛んだ。
「それでは、模造紙を裏返してください。今見たような個人情報が、どんなことに使われているかを付せん紙に書き出して、《いいこと》と《悪いこと》に分けて模造紙に貼ってください。時間は5分。それではスタート!」
生徒たちはまたも一斉に作業に取りかかる。主体的に考えた上で、さらに個人情報についての基礎的な知識を手に入れた生徒たち。ここからは作業のペースがグングン上がってきたようだ。
主体的・体験的に考えた後は、スライド教材でまとめと知識伝達。思考によって耕された生徒たちの頭には、知識が深く染み込んでいく。
各班の作業の様子をのぞいてみると、あるハッキリした傾向がうかがえた。それは 「悪いこと」への回答の偏りである。 「オレオレ詐欺」 「いろいろな勧誘」 「迷惑メール」 「なりすまし」 「ストーカー」などなど、個人情報の悪用事例が目白押し。一方、個人情報が正しい使われ方をしている事例としては 「宅配便」 「手紙の配達」 「迷子の呼び出し」などが書き出されていたものの、その数は悪用例に遠く及ばない状態だ。
これら悪用例はテレビや新聞の報道を通じて広く伝えられていることであり、生徒たちがいかに敏感にこうした情報に耳目を傾けているかが分かる。生徒たちは社会を映す鏡なのだ。そして、だからこそ、体験的な情報教育は欠くことのできない今日的な課題となっているのだと言えるだろう。
授業の締めくくりに、生徒一人ひとりにA4の紙が配られた
個人情報がどのように使われているかの書き出しと分類が終わると、ここでも小川先生によるスライド解説が行われた。個人情報の悪用の危険や、その手法についての知識を整理して伝えるとともに、個人情報が社会生活に欠かない利便性を提供していることを、生徒たちの日々の生活に即して説明する。
いたずらに情報社会の負の側面だけを強調するのではなく、正しい知識と注意をもって、情報を活用できる態度を養うためのまとめであり、方向付けだ。
心に残る学びとは
「私にとっての個人情報」と題した一文を書くように指示された生徒たちは、確かな学びの足跡をそこに記していった。
授業の締めくくりとして、小川先生は生徒たち全員にA4のコピー用紙を配った。
「それでは、この紙に『私にとって個人情報とは』ということで、一言ずつ書いてください。今日の授業を通じて思ったこと、分かったことをそのまま書くだけでいいです。時間は3分。さぁ始め!」
「私にとって」という呼びかけのためか、にぎやかだったここまでの作業と違い、一人ひとりが授業の流れを思い返すような様子で白紙に向かい合っていく生徒たち。集団での学び合い、教え合いというプロセスを経て、考えたことや教わったことを各自が自分の中に定着させていく作業が、自然に行われていく。
予定の3分間が過ぎると、先生は生徒たちを促して、クラス全員で大きな輪を作った。
「それでは、今書いたことを、一人ずつ順番に発表してください。大きな声で話すこと。そしてみんなはちゃんと聞くようにしましょう」
個人の振り返りを、クラス全体の振り返りへ。広がり、そして深まった学びを共有するこの取り組みは、授業の締めくくりにふさわしいシーンだ。
少し照れながら、けれどしっかりと発表が進んでいく。個人情報の大切さ、便利さ、怖さなど、聞き覚えだけでなく、自分の頭をフル回転させて考えてきた学びが確かに実を結んでいるのが分かる。
「よく言われることですが、今の生徒たちはコミュニケーションの力が低くなってきています。自分を表現できない、人の話が聞けない。これは考える力の低下にもつながっているんですね」と小川先生。
「ワークショップ的な要素を授業に取り入れたのは、そんな力を少しでも伸ばしたいからです。付せん紙に書くことで自分を表現することに慣れ、他人の付せん紙を読むことで自分と違った考えを知ることができます。授業中のおしゃべりもそれと同じ。話すことで思考が深まり、聞くことで視点が広がるんですよ」
自分が手を動かして記したこと、口にしたことは忘れない。生徒の中に学びが残る授業を求めて、小川先生の挑戦はこれからも続いていくだろう。
平成18年春に坂西中に着任。教師になる前には会社員として販売に営業にと活躍していた経験を持つ。体育教諭でありながらIT活用や情報教育に造詣が深く、豊富な実践を重ねている。
足利市西部に位置する坂西中学校には、3つの小学校から生徒が集まり、その一部はバス通学するほど広い校区を持っている。平成12〜13年度には県教委指定のマイチャレンジ推進事業パイロット校に選ばれ、地域一体となった社会体験学習を実施するなど、新たな学びを模索し続けてきた。若林光男(わかばやし・みつお)校長。生徒数512名。