中学・高校の実践事例
自分を表現し 他人を受け止める
〜ワークショップ型授業と「おしゃべり」の効用〜 栃木県足利市立坂西中学校
栃木県南西部、桐生市など群馬県の3市と境を接する位置にある足利市。その名の通り、室町幕府をおこした足利氏ゆかりのこの町は、日本最古の学校ともいわれる足利学校が創建されたところでもある。この歴史ある地で、ワークショップを活用した新しい学びへの試みがはじまっていた。
異色の経歴
独自の指導
この日の授業に使われたのは普通教室ではなく多目的ホールだった。寝そべったり、うずくまったり、伸びをしたりと、自由な姿勢で活発に意見を交わす生徒たち。これも小川先生の授業観が現れている光景だ。
私たちが坂西中を訪ねたのは6月初旬。中学校に進学したばかりの1年生がようやく落ち着きを見せ、クラスとしてのまとまりが生まれ始める時期だ。
担任の小川裕之先生は体育教諭だが、早くからITの活用や情報教育に取り組み、前任校でも豊富な実践を積み上げてきた。
「体育の教師で情報教育に入れあげているなんて、自分くらいじゃないですかねぇ」と笑う小川先生だが、お話を伺うと、それがある種必然の成り行きだったことが分かってきた。
小川先生は、新卒でそのまま教師の道に進んだわけではなく、もともとは会社員として営業に販売にと活躍されていた人だ。ありきたりな言い方だが、そうして 「社会をつぶさに見てきた」体験から、授業でも知識の伝達と対になった体験の必要性を痛感したという。もっともっと生徒自身が行動し、自ら考える授業ができないだろうか。
とにかく元気な生徒たち。まだあどけなさの残る中学1年生だが、小川先生のクラス運営は、生徒が気兼ねなく自分を表現できる場を生み出しているようだ。
「知識の伝達には、いわゆる講義型の授業が有効だと言われていますよね。確かにそれも一理あるんですが、やはり受け身で教わったことというのは、分かったような気になっても、実際には身に付いていないことが多いと思うんですよ」と小川先生。
「私は体育教師ということもあって、講義がもともと苦手だと自覚しているんです。だからこそ、いろいろな授業のやり方を試してみたいと思ったんでしょうね」
そう謙遜する小川先生だが、積み重ねた取り組みの上にたどり着いた答えの一つが、ワークショップの考え方を取り入れた授業だという。いよいよ実際にその授業の様子を見せていただくことにした。
生かされるおしゃべり
授業の冒頭、この日のテーマについて説明する小川先生。ワークショップ的な活動において、動機付けは非常に重要だ。
この日の授業は学級活動として行われた。場所は学級の教室ではなく、多目的ホールだ。
授業開始時間を前に、続々と生徒たちがやってきた。 「こんにちは!」という元気なあいさつもさることながら、印象的だったのはその明るい笑顔。こうした取材に慣れているわけではないという生徒たちだが、その表情からは、屈託なくのびのびとした日頃の学習の様子が目に浮かぶようだ。
そしていよいよ授業がスタート。早速、小川先生からはこの日の授業のテーマが説明された。プロジェクターでスクリーンに映し出されたテーマは 「個人情報とは何か?」。
ペンと付せん紙、そして模造紙が配布されていく。ワークショップ活動の始まりだ。
顔を見合わせる生徒たちに向けて先生が尋ねる。
「個人情報って言葉は、聞いたことあるかな。聞いたことある人は手を挙げて」
大半の生徒が手を挙げた。
「じゃあ、それがどんなものだかよく分かってる人は?」
今度はほとんど手が挙がらない。
「それをこれからみんなで考えていくんだけれど、今日はいつもとちょっと違うスタイルを使おうと思います」と小川先生。各班から班長が呼ばれ、付せん紙や模造紙などが手渡されていく。
「この付せん紙に、個人情報ってこういうものじゃないかな、と思うものを書いていってください。書くのは1枚にひとつです。書いたらどんどん模造紙に貼っていきましょう。時間は今から10分間です。それじゃあスタート!」
早速、班ごとに模造紙を囲んでの活動が始まった。 「住所」 「メールアドレス」 「家族関係」などなど、生徒たちは思い思いのアイデアを付せん紙に書き記し、模造紙に貼っていく。そしてこの間、生徒同士のおしゃべりが途切れることがない。
自分が思う「個人情報」を付せん紙に記入していく生徒たち。書き進める間も、友だち同士の意見交換がさかんに行われていた。
「それ、どういう意味?」
「これ見てよ! これも個人情報だよね?」
そんなやり取りが絶えず交わされ、それがさらに付せん紙への書き込みを促す。
講義型の授業では眉をひそめられることの多い 「おしゃべり」も、この授業では、生徒たちの 「思いの述べ合い」となり、互いの学び合いを生み出しているように感じられた。
小川先生は言う。
「講義型の授業だと、生徒は聞く一方で、指名されでもしない限り自分が話すことってないですよね。でも人間、聞いたことより話したことの方が覚えているものだと思うんですよ」
「だから、授業に関係したおしゃべりは、生徒が考えている証拠なんですね。それなら大歓迎だし、そういうおしゃべりができる授業をしていきたいんです」
細やかな声掛けが
引き出す積極性
授業中、片時も立ち止まらない小川先生。班ごとの話し合いにも積極的に割って入り、ヒントや疑問を投げかけていく。
作業を続ける生徒たちに、小川先生はさらに声を掛ける。
「どこの班が一番多く書けているかな? 合っているとか間違っているとか、あまり深く考えすぎないで、どんどん書いていこう」
その声に応えるように、生徒たちは次々と付せん紙への書き込みを進めていった。 「質より量」という、ともすれば誤解されがちなこのスタンスは、実は米国の企業活動の中で生まれたブレーンストーミングという発想法の基本であり、より多くの意見から、より有益な知見が得られるという考えに基づいている。
授業は企業の会議とは別物だが、参加者全員が自分の頭で考え、高め合っていくという点で通じるものがあると小川先生は考え、実践しているのだ。
と言っても、そうした理屈や専門用語を生徒にぶつけることはない。手の止まっている生徒を見ればすぐさま声を掛け、質問には一つひとつ丁寧に答える細やかさが印象的だ。
「生徒たちには、どんどん自分の考えを表に出してほしいんです。正解か間違いかにこだわらないというのも、それで萎縮してしまう生徒がいるから。とにかく自分の中にあるものを表現して互いに出し合う。気づいたり学んだりは、そこからスタートするんですよ」
そんな思いが、小川先生の声掛けをあたたかなものにしているのだろう。
人が誰しも持っているという、自分を受け入れて欲しいという思い。受け入れてくれる相手と場があるから、自分を表現できる。そしてその体験が積極性を生み、さらに学びを深めていく。