中学・高校の実践事例
「させる」部活から 「する」部活に 論理的思考が導く生徒の変容
〜概念化シートで変わる部活動〜
阿波市立市場中学校
仲間を知る 自分を知る
シートの中には 「ボールを持たない者の役割」など、ドキリとさせられる深い洞察や、チームプレイを支える見えない要素として 「友情」が見出され、記されるなど見所満載だ。どの付せん(気づき)も孤立することなく他の気づきと結びつけられ、新たな課題の発見を形成している。
試合当日と、さらに今日見たビデオを通じて気づいた点をまとめたそれぞれのメモ帳。そこから自分なりのポイントを付せんへと書き出し、用意されたシートへと貼り付けていく部員たち。
「これってどういう意味?」
「どれとどれをグループにしたいか声出せよ」
それぞれに思い思いの表現で記された付せんは、他のメンバーにとっては 「?」と思えるものもあれば、シート上の位置づけに異論が出ることもある。そこでこんなセリフが飛び交う。
一見つっけんどんな、けれどもそれはお互いを知ろうという気持ちの現れでもある。また同時に、相手の発する言葉で自分自身(がどう見えているか)もまた見えてくるのだ。
シートの構成も簡潔にして効果的だ。何が良くて、何が悪かったのか。自分とチームの課題はどこにあり、それらはどう関係しているのか。シート作成はそれを自らに問い、またチームメイトと問い交わす作業となっている。
河野先生が概念化シートの考案にあたって念頭に置いたのは 「相互作用」と 「連続性」であった。シート上に各人が書いた付せんを貼り付けていくことは、とりもなおさず自己表明であり、またそれをシート上のどこに位置づけ、また何と結びつけていくかのやり取りは、 「相互作用」そのものだと言えるだろう。さらに言えば、その時点のシート上の付せんにとどまらず、それ以前の経験から学んできた事柄との関連づけという 「時間軸方向の相互作用」もまた先生の期待するところだ。
なりたい自分
共に作るそのための道筋
概念化シートに思い思いの付せんを貼っていく生徒たち。自分の思いとチームメイトの思いがシート上で交錯し、結びつき、新しい気づきを生んでいく。先生はその輪につかず離れずの距離を保ちながら適宜アドバイスを与え、その活動を支えている。
このクラブでは、概念化シートの取り組みを絶えず繰り返し行ってきた。そしてその都度、単なる分析に終わることなくその先の練習、次の試合への課題を見出すことによって、連綿とした向上の取り組みが生み出されてきたのだ。
目標の設定、実行、分析、修正点の発見、そして新たな目標の設定……Plan-Do-Seeというサイクルの反復実践は、部員たちを確実に成長させてきた。ひとつところで回り続けるサイクルではない。外部からの燃料注入(たとえばそれは教師の叱咤かもしれない)で回るエンジンでもない。常に自ら向上を目指して動き続けるサイクル。それこそが相互作用と並ぶもうひとつのポイント 「連続性」を生みだす原動力となる。
シートから導かれた課題は基本的にクラブ全体のものだが、それはすぐさま個々人の目標へと落とし込まれ、あのメモ帳に自分の次の課題として記される。そうしたことが可能なのも、課題設定が教師を含むほかの誰でもない、自分たち自身によって行われているからだろう。
誰もが上手く、強くなりたい。その思いも、ただ胸に秘められていては未採掘の油田に過ぎない。しかしひとたび表白された途端、それはそのままこのエンジンの燃料となるのだ。
無形の 「願い」に終わることの多い向上心を、その実現に結びつく具体的な課題へと昇華させていくこと。一時的な喜びや達成感として発散されがちな成功体験を、再現可能な 「技能」として理解定着させること。そんな力が、生徒たち自ら取り組むこの概念化シートには確かにあった。
自分たちで考え、見出した課題に向かってコートを走る部員たち。それは指示に従うだけの練習とは全く異質のものだ。
クラブが変わり
生徒も変わった
練習後にはシートに掲げられた課題と、練習の実際について、再度振り返りが行われる。こうした活動が日々積み上げられていくのだ。
概念化シートによる練習試合の総括が終わると、新たな課題として 「ディフェンスの位置取り」があげられ、そのために 「回りを見る」プレーをすることが合意された。
すでに女子部が活動を終えようとする体育館に、弾けるように散っていく男子部員たち。すばやく柔軟体操を終え、練習が開始される。アップを兼ねたシューティング練習、そして3オン3のゲーム形式練習。気持ちのよいほどによどみなく進む練習光景は、部員一人ひとりが目的を持ってプレーに臨んでいるからに違いない。
「このクラブで概念化シートを使い始めた頃には、期待と不安が半々だったんですが、生徒たちは間違いなく変わってきたと感じますね。以前はチームメイトを批判するばかりだった子がいるんですが、それが今では課題につながる建設的な意見を積極的に出すようになりましたし、学級内でも他人の意見を聞いたり、『引く』ことができるようになってきています」と河野先生。
「最初は教科の授業でこのシートを使ってみたんですが、授業では部活動と違ってクラスの全員がひとつの目的意識を共有するのが難しいんですね。まだまだ試行錯誤が必要だと思いました。その点、部活では目的が明確ですから、効果もハッキリ現れていると感じます。それが面白くて、ついつい私自身が意見を言いたくなってしまうのが課題かもしれませんね(笑)」
最後に河野先生に尋ねてみた。
「今度野球部の顧問をすることがあったら、この概念化シートをお使いになりますか?」
「もちろん!」
先生もまた、シートによって変わった一人なのかもしれない。
鳴門教育大学大学院修士課程で、概念化シートを用いた教育実践について研究した。大学院派遣以前は野球部顧問としてチームを県内上位に導いた実績を持つが、現場復帰後、畑違いのバスケット部顧問となったことが、クラブ活動への概念化シート導入というユニークな取り組みのきっかけとなった。 「今後また野球に関わることがあったら、今度はきっと概念化シートの取り組みを導入すると思います。顧問が勝たせるクラブじゃない、自分たちで考えて勝つクラブのよさを知ってしまいましたから」
「自主自立 真理正義 共働和楽」の校訓の下、学業に部活動にと活発な取り組みを行っているのが市場中学校だ。3階建ての校舎は一直線に伸びた長い廊下が特徴で、そのさまは伸びゆく生徒たちの未来を思わせるかのようだ。
生徒数300名。中野修一(なかの・しゅういち)校長。