中学・高校の実践事例
「させる」部活から 「する」部活に 論理的思考が導く生徒の変容
〜概念化シートで変わる部活動〜
阿波市立市場中学校
大学院での研究を終えて学校現場に復帰した先生が、畑違いの部活顧問に就任したことから始まったユニークな取り組み。それがKJ法などを応用した 「概念化シート」による生徒たち自身による部活動の分析と向上だ。運動部で繰り広げられるこの前代未聞の活動の実態をこの目で見ようと、四国は徳島県に向かった。
熱血野球先生、
男子バスケ部顧問となる
シートの中には 「ボールを持たない者の役割」など、ドキリとさせられる深い洞察や、チームプレイを支える見えない要素として 「友情」が見出され、記されるなど見所満載だ。どの付せん(気づき)も孤立することなく他の気づきと結びつけられ、新たな課題の発見を形成している。
市場中学校男子バスケットボール部の顧問を務める河野先生は、前任校では野球部の顧問を務め、県大会上位に食い込む実績をあげてきた。
その後、県の派遣教員制度に応募して、鳴門教育大学大学院の修士課程に進んだ河野先生が2年間に渡る研究を終えて戻った現場には、まるで門外漢の部活顧問の座が待っていた。それがバスケットボール部だったのだ。
野球部顧問の時代には、生徒に課題を与え、導くのはすべて自分の仕事だと思っていたという河野先生だけに、その戸惑いは大きかった。
「自分が知らない競技を生徒にどう指導したらいいんだろう……」
しかし、悩んでいても始まらない。河野先生はすぐさま気を取り直し、ある決意を胸に部活の場へと力強く歩を進めていった。
概念化シートで共に考える
今では当たり前の感もあるビデオによる振り返りだが、それがなかった頃とは比較にならない深い学びを得る手段となる。ITもそうだが、技術の進歩をしっかりと教育に取り入れていくことはやはり有効だ。
バスケットボールのことは分からない。それなら生徒と一緒に考えてみよう。そう考えた河野先生が取り組んだのが 「概念化シート」を使った活動だ。
これは、河野先生が修士論文を通じて開発した 「体験活動における自立化」を目指す手法で、次ページ掲載の写真のように横軸には 「個人」と 「グループ」を、縦軸には 「プラス面」 「マイナス面」をそれぞれ位置づけ、体験したできごとやその中での気づきを、そのシート上に付せんで貼り付けていくというものだ(詳しくは下記に記載のコラム 「概念化シートとは」を参照)。
練習の度に、自分やチームメイトのプレーについて気づいたことをメモする。試合があれば、そのプレー後、即メモを取り、また後日、試合のビデオを見ながら自分たちのプレーを振り返る。そうして出てきたさまざまの要素を、上記のシート上に位置づけ、さらにそれらをグループ化してとらえ、相互に関連づけていくのである。
およそ運動部らしくないこの取り組みには、当初部員たちも面食らったようだ。
しかし、 「俺たちは何でこんなことやらされてるんだ」というぼやきは、わずか1カ月ほどの間に 「自分たちが強くなっているのが分かった」という声に変わってきた。これには先生も驚いたという。
その効果の秘密はいったいどこにあるのだろう。疑問と期待を胸に、私たちは実際の部活動を見学させていただくことにした。
底冷えの体育館で
女子部がどんどん練習メニューをこなしていく横で、練習試合のビデオを食い入るように見つめる部員たち。手にしたメモには試合当日に記された気づきに加え、改めてコート外からの視点で見た発見がつづられていく。
12月の冷たい空気が満ちた体育館を訪ねてみると、練習場を共有する女子バスケ部はすでにウォーミングアップの最中だった。
一方の男子バスケ部は、体育館の一隅で、ビデオ視聴の準備中。取材の数日前に行われた他校との練習試合のビデオを見ようというわけだ。
ビデオが始まると、5人の部員たちはテレビの前で食い入るように自分たちのプレーを見つめ始めた。手にしたメモ帳には、試合後に書き留めたこの試合についてのメモがあるはずだが、ビデオを見ながらさらにペンを持つ手が走る。
テレビの中の試合の展開につれて、メモ書きのペンは走り続け、同時に部員同士が言葉を交わし出す。
「ほら、あそこカットインできてないやろ」 「うん。そやなぁ」
「ボールが出たところに走り込めてないやないか」 「それは合図が出てないからとちがうか」
試合会場でメモを取っていることから、ビデオを見る段階ですでに課題意識を持てているようだ。それでもコート内にいる時とは違った視点が得られるビデオでは、さらに違った問題点が見えてきたり、疑問が解けたりするようで、メモを取る手も忙しく動き続けている。
ときおり女子部の方に目をやって、早く身体を動かしたいというそぶりを見せる部員もいる。この冷え込みの中、しかも元来運動部員である彼らにとっては無理もないところだ。しかし、それ以上にこの作業の大切さを認識している様子が同時に伝わってきた。
やがてビデオが終わると、彼らはいよいよ概念化シートに向き合っていく。
体験を通じた学びを学習者の中に定着させるためには、常に 「相互作用」 「連続性」を意識し保障することが必要だという河野先生の問題意識の下で生まれたのがこの概念化シートである。
自らの体験について、そのプラス面とマイナス面を自省的に意識し、同時に、集団活動の中で自分とグループとを対置し、また関連づける作業を可視的かつ協同して行うための土台・舞台として構想されたシンプルな構成が特徴。そしてそれゆえにシート上には取り組みの成果や課題が明確に紡ぎ出されることになる。
シートの活用にあたっては、単なる分析に終わらず次の取り組みへの課題を引き出すことを意識させ、そこから自発的な連続性が生み出されるよう留意することが重要となる。そのための教師の役割は大きいが、それが活動の制御に傾くことのないように心がけたい。
その汎用性の高さから現在数々の実践に生かされつつあり、今後多くの実践事例が紹介されるようになることが期待される。
▼概念化シートに関する河野先生の研究内容はこちらから(全24ページ)