中学・高校の実践事例
手を動かさなきゃ始まらない!ものづくりでオンになる心のスイッチ
〜必修技術でロボコンに挑戦〜三重大学教育学部附属中学校
響き合う学び
能海先生、樋口先生ともに積極的に生徒たちの作業の輪に加わっての指導が続く。 「先生、ここはどうすればいいの?」生徒自身が知りたいと思うことはどんどん身につくものだ。
特許体験システムの説明が終わると、グループごとの作業が開始された。限られた必修技術の時間内でのロボット作りは、まず時間との戦いだ。そこでこの取り組みでは、電気配線と機体作りのそれぞれについて、分かりやすい手引きの資料が用意されている。まずはこれに沿って作業を進めれば、基本的なロボットの骨格が完成するというわけだ。その過程で自然発生的に生徒たちなりの工夫が生まれてくる、と樋口先生。設計図なしで始める作業が、アイデアを出し合い、特許申請を体験する中で次第に形をなしていくのだ。
この日の作業は、まだ製作初期の段階だが、まだまだのんびりしているグループも多い中、一部のグループは走行するロボットの基礎部分を完成させ、ロボコンの課題であるボールを取り込む機能の検討や試作に入ろうとしている。
能海先生、樋口先生ともに積極的に生徒たちの作業の輪に加わっての指導が続く。「先生、ここはどうすればいいの?」生徒自身が知りたいと思うことはどんどん身につくものだ。
そんなグループの頑張りが、他の生徒たちの起爆剤となることは、ちらりちらりとそうしたグループの動きに目をやる生徒たちの視線からも想像できた。
「俺たちも負けてられないぞ」
「あれ、なかなか良くできてるなぁ」
彼らの目はそう語っているようだ。
特許体験システムは、このようにしてうずきだした気持ちを、さらに加速させるはたらきも持っている。
三重大附属中では今年、特許体験システムを通じて、近隣の津市立豊里中学校と共にロボット作りに取り組んでいる。
取材時にはシステムの稼働からまだ数日といったところだったが、すでに豊里中からは数件の特許が申請され、認可を受けていた。附属中側ではこの日が特許システムとの初対面ということもあり、まだこれを身近なものとして実感できてはいなかったが、自分たち自身がこのシステムを活用するようになれば、その中にある他グループ、他クラス、他校の特許への取り組みが、彼らを刺激せずにはいないだろう。
学校は学びの場だが、それ以上に 「学び合い」の場でもある。1人独学に励むことと教室で学ぶことの違いは、こうして互いを刺激し合うことに、そのひとつの価値があるのかもしれない。特許体験システムも、間違いなくそうした学びの延長線上にある。
時間が足りない!
授業後に思いついたアイデアを早速試作してみる。なかなか思うように動かないものの、そこから新たな工夫が始まる。
必修技術でのロボット作りは、時間との戦いでもあることは先に書いた通りだ。しかし、それは決してマイナスばかりの障害ではない。
この日も、すべての授業が終わって放課後を迎えた技術室に、三々五々、生徒たちが集まってきた。先ほどこの日の授業を終えた3年生の生徒たちだ。
彼らはおもむろに工具と材料を格納場所から取り出すと、そのまま授業の続きの製作作業に取りかかった。
一方別のグループは、技術室の端末から、授業中はしっかり見ることのできなかった特許体験システムにアクセスして、登録されている特許を閲覧し始めた。もちろん、これは居残り作業として指示されたようなものではなく、彼ら自身の自発的な行動だ。
「教師は実践の計画を立てる段階から時間のなさに悩んでいるんですが、生徒たちは自分の作業が進んでいく中で時間のなさを実感します。そしてそれを自分たち自身の時間を使ってなんとかしようとするんですね」と樋口先生。
ロボット作りに取り組むまで、こうして生徒たちが放課後や休み時間を削ってまで自発的に課題に取り組む姿を見たことがなかったと先生は言う。そのことは他でもない生徒たち自身が感じていることもであるだろう。
「時間が足りない!」
その叫びは確かに痛切なものだが、同時にもっともっと学びたい、学ばせたいという歓喜の声にも聞こえるのだ。
すべてが変わる 変えていく
取材日の夕方、樋口先生、村松先生、能海先生に加えて、豊里中学校の吉岡先生にも加わっていただき、お話を伺うことができた。
寸暇を惜しんで自発的に技術室にやってくる生徒たち。しかし、変わったのは生徒たちだけではないようだ。
「ロボコン実践に取り組んで、一番変わったと思うのは、実は自分自身なんですよ」と樋口先生。
「こんなふうに、自分の目の前で生徒たちが変わるのを目の当たりにしたのも初めてでしたし、ロボコンを通じて他校や全国の先生方と一緒にひとつのことに取り組むことができたのも大きな体験になっています」そう話す先生の口調はやさしい。
村松先生は言う。
「技術の先生は、どの学校でも大抵1人。ですから学校内では孤独なんです。業務も非常に忙しいので、他校の先生との結びつきを養う機会も、これまではあまりありませんでした。それがロボコンに参加すると、否応なしに学校や地域を越えた横のつながりで活動していくようになります。これが大きい」
続いて吉岡先生は
「豊里中では、選択技術の時間にロボット作りを行っているんですが、授業時間外の作業を見ていてふと気がつくと、生徒が増えているんです(笑)。何事かと思うと、選択技術の授業を取っていない生徒が一緒になってああでもない、こうでもないとやっているわけです。これには驚きました」と話す。
授業を受けていない生徒までもを変えていくその力には驚くばかりだが、それは決してロボコンやロボット作りそのものの力だけではない。それに魅せられ、取り組む生徒、先生の姿こそが周囲を変えていくのだ。
ロボコンに根を生やしたい
教師を目指す過程にある能海先生にもお話を伺ってみた。
「私が中学生だった頃には、ロボコンに取り組むなんて想像もできませんでした。それが今は、こうして指導してくださる先生がいて、実現のための工作素材や工具も充実している。生徒たちがうらやましいです。ですが、自分が指導してみる立場になると、内容的にも実作業的にも多岐にわたる実践ですから、目が届かない、手が回らないことが多くて、力不足を実感しますね」
確かに、従来の技術科授業の枠を超えた広がりと指導内容をもつロボット作りだけに、実践にあたってちゅうちょしたり、自らの指導力に自信の持てない先生もいるかもしれない。そんな現状について村松先生は言う。
「ロボコン実践は、まだまた発展途上の取り組みです。それだけに確立されたノウハウがあるわけでもありません。これまでは、情熱を原動力にした先生方が試行錯誤を繰り返しながら取り組んできたわけですが、ここまで取り組みの裾野が広がってくると、この先はそうしたノウハウを目に見える形にまとめたり、指導にあたる教員の研修についても、しっかりとパッケージ化していくことが必要になってくると考えています」
多忙な校務の合間をぬってインタビューにご協力をいただいた先生たち。ロボコン実践に取り組む先生方は、その立場がさまざまであっても、仲間意識で結ばれている。
今や全国規模の大会が開かれ、国際交流という側面を持つ 「国際Jr.ロボコン」のようなイベントも定着しつつある中学校のロボコン実践。しかしその一方で、授業時間の不足や実践ノウハウの欠如から、取り組みに入れない学校もまた数多いのが現実だ。村松先生のお話には、そうした状況を打破したいという願いが込められている。
「ロボコン実践は決して万能ではない」と村松先生は言う。だからこそ、その効果と限界をしっかり見極めて、適切な形で技術科の、あるいは学校全体のカリキュラムの中に位置づけたいのだと。
樋口先生、吉岡先生をはじめ、全国のロボコン実践者の先生たちと、村松先生をはじめとする大学の研究者、さらには能海先生のような次代の教育者たちの力強い共同戦線が、中学ロボコンを次のステージへと推し進めるべく今まさに奮闘中なのだ。
◆三重大学教育学部附属中学校
「豊かな創造性とたくましい実践力をもち、生活をきりひらく生徒」の育成が同校の目指すところ。同時に大学教育学部附属校として、教育理論やその実践に関する研究・実証に寄与することを目的としている。活発な部活動でも知られ、生徒の自発的活動は勉学にとどまらない広がりを持っている。生徒数474名。米川直樹(よねかわ・なおき)校長。