小学校の実践事例
保護者との連携で育てる情報活用の実践力
〜市総合学習センターが築く実践の足場〜
山形県・山形市立東小学校
今、情報教育がひとつの転換点を迎えている。文部科学省が掲げた、モノや人についての数値目標がその検証時期を迎えると共に、その教育の質的な側面がクローズアップされるようになってきた。中でも、子どもがさまざまな危険にさらされている今日、殻にとじこもるのではなく能動的に活動しながら、しかも安全に情報技術の恩恵を享受する知恵と力は、早急に子どもたちに身に付けさせたいことのひとつだ。そんな取り組みを保護者を巻き込んで進めようとしているという学校へと取材に伺った。
教室にあふれる親と子の熱気
大勢の保護者が温かく見つめる中で、個人情報とその大切さについて考える子どもたち。体験と知識の間を往復しながら「わが事」として考える態度を身に付けていく。
取材に訪れた山形市は雪模様。平年よりも少々早めという本格的な雪は、東小学校の校庭を一面の白いキャンバスに変えていた。
校内はちょうど掃除の時間。「こんにちは!」不意の珍客である私たちを明るい笑顔とあいさつで迎えてくれる子どもたちに、取材への期待も大いに高まる。
この日は授業参観日となっており、午後の参観に備え、保護者たちも三々五々、校舎の中に足を踏み入れていた。廊下の寒さは屋外と大差ないが、子どもたちの元気さはそんなことさえ忘れさせ、まるで遊園地に足を踏み入れたような華やいだ気分にさせてくれる。明るさと楽しさ、それは訪れた保護者たちをも知らず知らず笑顔にさせているようだ。
授業開始時間を間近に控えたコンピュータ室の扉を開けると、子どもたちはすでに着席し、また、早くも数名の保護者が入室していた。
出足の早さだけではない。始業時間を迎える頃には、教室は子どもたちとそれに負けない数の保護者で一杯に。これほど熱を帯びた参観の様子を見るのは、私たちにも初めての体験だ。
こうした、保護者との一体感ある学校作りが実を結んでいる背景には、担任の先生や各学校の努力もさることながら、市教育委員会、とりわけ総合学習センターが市内各校と共に積み上げてきた学びの環境作りの取り組みがあるという。
センターでその取り組みの中心にある指導主事の菅野先生は、今日の授業を担当する遠藤先生らと共に、常に現場と連携した活動を続けてきた。その成果のひとつとして、この日の授業を見ていくことにしよう。
親子で共に考える
「ネット社会の歩き方」
デスクトップに置かれた意味ありげなアイコンをクリックして占いページを発見する子どもたち。早速挑戦してみるが……。
さらに数名の保護者が訪れる中、遠藤先生が教壇に立つ。
この日のテーマは「個人情報について考える」こと。メールやホームページを通じて個人情報が漏洩する危険性を知り、個人情報を守る意識を高めることがそのねらいだ。
授業参観日の授業テーマがこのようなものになったのは、決して偶然ではない。子どもたちがネット社会と接する時間は、その多くが家庭をはじめ学校外でのもの。子どもたちに情報モラルや安全なネット活用を身に付けさせるには、学校の授業を通じた学びだけでは不十分であり、保護者の理解と協力が欠かせないものだからだ。
遠藤先生は、教室後方にいる保護者に向かって、「どうぞご自分のお子さんの後ろに立ってあげてください。そして一緒に今日の授業について考えてみてください」と呼びかけた。いよいよ、授業のスタートだ。
疑似体験
そしてさらなる問いかけ
体験の意義は必ずある。先生は確信に満ちた態度で子どもたちの作業を見守る。要所要所で挙手を募り、子どもたち自身の経験と今日の学びを関連づけることも忘れない。
先生の指示でパソコンを立ち上げた子どもたちがざわついている。何かと思えば、どのコンピュータのデスクトップにも、その中央に正体不明のアイコンが置かれているのだ。
「これ、なんだろう?」
「クリックしていいのかな?」
興味津々の子どもたちに向かい、先生は「いいよ。気になるのならダブルクリックして開いてみようか」と促す。
早速マウスを操って問題のファイルを開く子どもたち。するとそれは『よく当たる星占い』といういかにも楽しそうなプログラムだった。
自分の誕生日や氏名、生年月日と「好きな人」の名前の画数を入力すると運勢が分かると書かれている。「好きな人」というあたり、この年ごろの子どもたちに向けた工夫が感じられる教材だ。
ところが、意外にも平静な子どもたち。無関心というわけでないが、入力欄には自分の名前ではなく、歴史上の人物など、思い思いの名前が入力されていたりする。そして送信。教材画面には個人情報が奪われたことを告げるメッセージが現れるが、もちろん送信されたのは子どもたちの名前ではない。
「なーんだ」「へっちゃらだよ〜」
おどけてみせる子どもたち。どうやら企みは先刻ご承知のようだ。
この後、メールでやって来たプレゼントのお知らせからホームページへとジャンプし、そこで商品写真を見せられた上で個人情報の入力を促すという体験教材に挑むが、多くの子どもがこちらも難なくクリア。
子どもたちのリテラシーが、日頃の学びを通じてすでに高いレベルにあったことは確かだが、それでもこうした体験が無意味ということはないだろう。教室という場で、また今回のように1台のパソコンを2人の子どもで共用するという状況では教材の意図を察知し、対処できた子どもも、自分ひとりで同じような誘惑に直面したとき、同じように行動できる保証はない。そんなとき、知識だけでない、脳裏に蘇るこうした体験が子どもたちを支えてくれるものだからだ。
最新型の携帯電話やゲームが当たる!という触れ込みで個人情報入力を誘う体験型教材だが、子どもたちは笑顔でしっかりクリア。それでも現実の危険には警戒心を持ち続けることが大切だ。
「自分の個人情報がもれてしまった経験のある人はいますか?」とたずねる遠藤先生。
挙手する子どもはいない。そうした危険に実際直面した子どもはまだいないようだ。教室の保護者にも少し安堵の表情が浮かぶ。
「それじゃあ、自分の個人情報は完璧に守れているよ、と思う人は?」再び遠藤先生が問うが、これまた手は挙がらない。
教材による疑似体験は難なくこなしたものの、子どもたち自身、実際の危険を身近なものとして意識していることが感じられる。そこにおごりはない。
「もし守れていないとしたら、どんなところで自分の個人情報がもれる危険があると思っているのかな」さらに遠藤先生は子どもたちの思考を促す。
ここで次々に子どもたちの手が挙がった。「雑誌のプレゼントに応募しているのが心配です」「レンタルビデオ屋さんのカードは家の人の名前で作ってるけど、住所は漏れちゃうかもしれないし…」
どうやら「思い当たる節」はどの子にもあるようだ。保護者たち同士が小声で話す様子も目立つようになってきた。