小学校の実践事例

制作体験を通じて知る メディアの特性 
〜ポスターとビデオコマーシャルを比べてみよう〜静岡県・富士市立元吉原小学校

「プロ」の一言をきっかけに

付せんとその仲間分けを通じて見えてきた、子どもたちのこだわり。吉野先生は、さらにその振り返りを深めていく。

アンケートの結果をグラフにする

「ポスターを作るのに、富士山の写真をいっぱい撮った班があるそうです。いったい何枚撮ったのかな」
「50枚くらいかな……」と指名された子どもたち。
「この班のフォルダーを見てください。先生が見てみたら、全部で169枚もあったんです」
「うわ〜!」「すごい!!」子どもたちから歓声が上がる。
「どうしてこんなにたくさん富士山の写真を撮ったんですか?」
「この辺りから富士山を撮ると、工場の煙突や煙が写ってしまうので、それがなるべく入らない写真を撮りたかったからです」
「なるほど、あななたちのポスターで伝えたかったことは“自然を大切に” だったんですね。だから煙は入れたくなかったんですね」

吉野先生は続けて問いかける。
「でも、富士市から毎日みなさんが見ている富士山は、いつも煙突の煙の向こうに見えてるよね。じゃあ、このきれいな写真は普段の姿じゃないってことにならない?」
「うーん……」考え込む子どもたち。

富士山写真の数々

子どもたちの「伝えたいこと」へのこだわりが込められた富士山写真の数々。 学校から普通に撮影すると避けられない煙突の煙を何とかしたいという気持ちが、数日間にわたる169枚もの撮影につながった。

ここで吉野先生は、いきなり話題を私たち取材班へ向けた。
「今日は、取材のためにプロのカメラマンさんがお見えになっていますから、ちょっとお聞きしてみましょう。 取材のときなどは、何枚くらいの写真を撮って、その内の何枚くらいを使うんですか?」
同行したカメラマンも、ちょっとビックリしながら答えた。
「そうですねぇ、撮影の内容にもよりますが、数百枚撮ってその内の数枚だとか、場合によっては千枚以上撮ってその内1枚ってこともありますね」
「ええ〜っ!!!」「千枚だって!!」
子どもたちからは先ほどを上回る驚きの声が上がった。

ざわめく教室を見渡して吉野先生が続ける。
「ね、みんな聞いた? プロの人が、たった1枚の写真を選ぶために、千枚もの写真を撮ることもあるなんてビックリですね。 みなさんよりずっと写真が上手で、立派なカメラを使っているプロの人でも、伝えたいことにこだわると、こんなにたくさんの写真を撮ることがあるんです」
深くうなずく子どもたち。“プロの一言” から、子どもたちの驚き、理解が引き出された瞬間だ。

この日のプロカメラマンの言葉に刺激を受けて、その後は1枚の写真を選ぶために、数十枚の写真を撮るのがクラスの「常識」になったという。

鍛え、積み上げる学び

TVCMを見せながら子どもたちに問いかける吉野先生

続いて吉野先生は、ある洗剤のコマーシャルビデオを映し出した。
「さあ、今このコマーシャルを見て、どんなことにこだわっていると感じましたか?」

「青い空」「青い海」「白い砂浜」などコマーシャルで描かれた情景が次々に挙げられ、「さわやかさ」や「きれいさ」 を伝えることへのこだわりが子どもたちから指摘される。するとさらに吉野先生が尋ねた。

「この洗剤を使ってみたい? お母さんにすすめてみたいと思う人はどのくらいいますか?」

何人かの子どもたちの手が挙がる。どうしてかと問う吉野先生に、子どもたちはこう答えた。
「洗濯物がやわらかくなったり、いいにおいになったりしそうだから」
「それ本当? どうして分かるの?」と先生。
「コマーシャルに出ている人たちが試しているから大丈夫だと思う」と手を挙げた子どもたち。

「でも、みなさんが作ったポスターの写真は、この町から普段見える富士山じゃなかったよね。 コマーシャルで言ってることって、本当に信じていいのかなぁ」
先生は子どもたちを見回した。
「うーん……」

子どもたちの表情に、たくさんの疑問符が浮かんできた。……と、次回授業への伏線が張られたところで授業終了の時間に。

「それじゃあ、この洗剤をお母さんにすすめたいと思った人は、今日家に帰ったら、そうしてみてください。 そして、お母さんがどんな風に反応したか、次回の授業で教えてくださいね」

この先の授業では、この話題をきっかけに「コマーシャルとのつきあい方」について考えていくことになる。
新しい何かに気づき、知ったという達成感。そして次回につながる課題、その両方が子どもたちの手のひらにのっているのが見える。そんな印象が残る楽しい実践だった。

>> この授業の実践の流れはこちらから!

◆富士市立元吉原小学校

地域の主要産業でもある製紙工場の煙突からたなびく煙の彼方には富士山が見え、また古歌にも歌われた田子の浦にもほど近い丘の上に同校はある。 子どもたちの明るい表情がとても印象的な学校だ。渡邉俊校長。児童数500名

取材/西尾琢郎 撮影/齋藤浩・西尾琢郎
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。