キャリア教育ヒントボックス

急速なコンピュータ化の中で
アナログとデジタルのベストミックスを追求
レコーディングエンジニア 石橋三喜彦さん

アナログへの想いと、コンピュータ化がもたらすメリット

アナログとコンピュータの融合を

石橋さんが録音にコンピュータを採り人れたのは4年前。現在ではミュージシャンの大半が録音にコンピュータを使用している。

それまではアナログ機器にこだわった設備が「HEACON BASE」の大きな持徴だったが、デジタル化を受け人れることに葛藤はなかったのだろうか。

「アナログを愛するがゆえにデジタルとの接点を保っておかないと、本当にアナログは衰退してしまう。意固地になってアナログを通そうとするあまり、自分ひとりのわがままなスペースになってしまっては意味がありません」

レコーディングの全過程からデジタルを排除すれば、現代のミュージシャンのニーズに応えることはできない。アナログの良さを伝えるためにも、一部のデジタル化は必要不可欠だ。

石橋さんは、急速なデジタル化・コンビュータ化に対して「さびしいという感覚はほとんどない」と言う。逆に、
「以前ならアマチュアでは手が届かなかったような機器が、コンピュータの中でバーチャル化されることで誰でも利用できるようになったことは、音楽シーン全体にとって素晴らしいこと。音楽は選ぱれた人だけのものではありませんからね」

エンジニアに求められるのは「コミュニケーション能力」

ドラムのチューニング中

ただし、ミュージシャンにコンピュータを利用した自宅録音が広まっていくことは、レコーディングエンジニアの仕事を侵食することでもある。3年前なら個人ではとうてい不可能だった作業が、比較的、低コストで立ち上げたシステムで実現できるようになってきたからだ。

「これまでレコーディングエンジニアは手のかかる仕事を請け負うことで成り立ってきた面があります。しかし、ミュージシャンは、楽曲を完成させるまでのすべての過程を管理したいと考えますから、自ずとエンジニアリングを手がけはじめる。これからは、こうした傾向がさらに強まるでしょうね」

極端に言えば、防音設備のあるスタジオとコンピュータシステムを整えて、場所を貸すだけというビジネスさえ考えられるわけだ。

では今後、レコーディングスタジオとエンジニアに求められるものは何だろう。

「ただ与えられたことをこなすだけでなく、ミュージシャンの求める音、あるいはそれ以上のものを提案できる力が、ますます重要になってきます。しかも、それを豊かな表現で伝えなければならない。個人では出せなかった音が、ちょっとしたアドバイスで実現することは少なくありません。そういう意味で、これからレコーディングエンジニアを目指す人には、高いコミュニケーション能力が求められるでしょうね」

石橋さんのもとには、いつも多くのミュージシャンが集まってくる。録音や楽曲づくりに関する相談に気軽に乗ってくれるし、楽器のりペアや改造にも的確なアドバイスをくれるからだ。ときには彼らとともに酒を酌み交わし、将来の夢を語り合うこともある。その中には、石橋さんとともにレコーディングしたデモテープを持ってメジャーを目指すバンドも少なくない。

今や福岡の音楽シーンに欠かせない存在

「福岡はたくさんのアーティストを輩出していますが、それは適度に都会で、適度に田舎だからだと思います。東京の動きを意識しつつ、それでもオリジナリティを求める。もちろん、お調子者の気質もあるよね。これからもどんどん良いバンドが出ていくと思いますよ」

と柔和な微笑を絶やさない石橋さんは、豊かな福岡の音楽シーンを支える縁の下の力持ちだ。

石橋三喜彦さん

PROFILE
石橋三喜彦(いしばし・みきひこ)
スタジオ『HEACON BASE』『FULLHOUSE』経営。 1958年9月17日、佐賀県生まれ。福岡大学卒業後、25歳からレコーティングエンジニアとして、福岡を中心に活動。好きなアーティストはトム・ペティ、ボブ・ディランなど。

取材・文/元木哲三 撮影/山田満穂
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。