キャリア教育ヒントボックス

シンプルなタッチが語る生命の律動とエネルギー
新分野に挑み続ける表現者
イラストレーター 岡部哲郎さん

独立1年目で訪れた転機

独立当初は思うようにイラストの仕事が入らず、やっぱりデザイナーとして腰を据えて取り組んだほうがいいのではないか、と心が揺れ動くこともあったという。しかし、

「夢に賭けようと心に決めたことを、そう簡単にあきらめるわけにはいきません。収入を確保するために、デザインの仕事も手がけながら、なんとか踏みとどまりました」

独立から1年が過ぎようとするとき、岡部さんに大きなチャンスが訪れる。東京青山のギャラリー「スパイラル」に置かせてもらっていた自主制作のカレンダーを、偶然目にとめたアート・ディレクターから、モスバーガーのパッケージデザインを刷新するので、プレゼンテーションに参加してみないか、という話を持ちかけられたのだ。

岡部さんの作品

「あくまでプレゼンですから、採用が決まったわけではないのですが、大きなプロジェクトに参加できることだけでも経験になると考え、3カ月間は作品の制作に没頭しました」

結果、岡部さんのアイデアが採用され、時代の空気を先取りしたイラストは大きな話題となった。以来、出版・広告業界からの依頼が相次ぎ、岡部さんは一気に、業界の表舞台へと躍り出ることになる。

その後は、雑誌や広告のイラスト制作はもちろん、光文社『文庫のしおり』の表紙連載、朝日新聞のコラムイラスト、CDジャケットや書籍カバーへのイラスト提供など、あらゆる分野に進出。最近ではヤマザキパンの『グルメモア』やネピアの『キッチンペーパー』など商品パッケージのイラストも積極的に手がけている。

「未経験の分野にチャレンジすることで、作風の幅も広がってきました。逆に、現在の仕事の枠を超えた作品を描きたいと思うからこそ、新しい仕事の場を模索してきたとも言えますね」

独自の感性と、積み重ねてきた技術とともに、こうした常に変化を求める姿勢が、岡部さんが第一線で輝き続ける大きな理由なのだ。

“人と違う何か”を発見し 追求し続けることの重要性

岡部さんは、イラストレーターにとって必要な資質として、
「とにかく絵を描くのが好きであること」
を第一にあげる。プロである以上、気乗りしないときでも、依頼に応じて決められた数を仕上げなければならないからだ。また、お気に入りのアーティストや作家をできるだけ多く見つけるのも重要なポイント。

「感動は創作のエネルギーになります。画家やイラストレーターはもちろん、音楽や小説、映画など、刺激となる表現に、常に触れておく姿勢が大切です」

イラストはモノクロで描く

そして、もうひとつ、
「一般に、形か色のどちらかに必ずその人独自のものがある、と言われます。自分の絵の中に“人と違う何か”を発見し、それを追求し続けることが必要です」。

岡部さんは“形”に重きを置くタイプだ。それは作品の制作過程にも表れている。イラストの多くは、紙にモノクロで描いたものをスキャニングしてパソコンに取り込み、画像処理ソフトで色付けする。造形物の場合は、自らデジタルカメラで撮影し、やはりパソコン上で加工、彩色を施していく。
「まず、形ありき、なんですね。ここだけはアナログで、自分の手で描かないと納得できません。ただ、色に関してはパソコンの機能向上によって、瞬時にさまざまなパターンを試すことができますし、印刷業者や写真スタジオの力を借りずに、自分だけで完成まで持っていけるようになったことは大きいですね」

職人に徹しながらも新たなフロンティアを開拓

イラストの仕事はクライアントの依頼があって初めてスタートするもので、最終的に伝えたいことは、制作前から決定している。この点が自らの衝動のおもむくままに描く画家との大きな相違点だ。クライアントの要望を十分に理解し、そのイメージを絵という表現方法を用いて、さらに豊かなものへと昇華させるのが、イラストレーターに求められる、もっとも重要な資質である。岡部さんは「イラストはあくまで商業美術。その意味で、イラストレーターは作家ではなく、職人だと考えています」ときっぱり言い切る。

それでも、岡部さんがさまざまなタッチに挑戦し、新分野を求め続けるのは、表現者としての純粋な欲望に突き動かされているからに違いない。穏やかな表情の奥に秘められた魂の渇望。やわらかな曲線に隠された生命の生々しい律動。岡部さんの作品を見ていると、そんな熱いメッセージが、ゆっくりと心に響いてくる。

今後は「Tシャツのデザインや造形物など立体で訴えるものや、アニメーションの仕事など、さらに領域を広げていきたい」と語る岡部さん。

2002年11月には東京・千駄ヶ谷のギャラリーで、9回目となる個展を開催する予定だ。ペインティングや立体が中心となるため、平面の印刷物では伝わりにくい“生の手触り”が味わえるはず。岡部さんの作品が無言のうちに語る“生命のエネルギー”を体感してほしい。

PROFILE
岡部哲郎(おかべ・てつろう)

1966年、群馬県生まれ。'86年に東京・原宿のデザイン専門学校「桑沢デザイン研究所」を卒業後、デザイン事務所に就職。'96年にイラストレーターとして独立。現在は埼玉県朝霞市の事務所兼アトリエを拠点に精力的な活動を続けている。

岡部哲郎ホームページ:http://park11.wakwak.com/~tetsuro/

取材・文/元木哲三 撮影/渡部秀一
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。