キャリア教育ヒントボックス
シンプルなタッチが語る生命の律動とエネルギー
新分野に挑み続ける表現者
イラストレーター 岡部哲郎さん
在宅で仕事ができるSOHOビジネスに注目が集まる中、以前から人気の高かったイラストレーターを志望する人は、ますます増えている。では、その第一線にいる人は、どんな人で、現実にはどんな仕事をしているのか?
今回は、広告・雑誌・書籍カバー・パッケージイラストなど、幅広い分野で活躍する人気イラストレーターの創作現場を訪ねてみた。
生物の美をモチーフにイラストなどを制作
今や小学校の教育ソフトの定番となった『一太郎スマイル』。ひらがな中心のメニューや、わかりやすいアイコンなど、小学生がパソコンを使って楽しく学習できる機能とともに、親しみやすいパッケージイラストも人気の理由だ。
「“勉強は知識を詰め込むだけではなく、子どもたちが生きていく力を身につけるためのもの”。そんなコンセプトから、伸びゆく生命力を葉っぱで表現しました」と語るのは、スマイルシリーズのイラストを手がけた岡部哲郎さん。 話しているだけで心が安らぐ落ち着いた語り口と、とび色の澄んだ瞳が印象的だ。
見ているだけで思わず微笑んでしまうようなシンプルな線画は、岡部さんの得意とするタッチのひとつ。しかし、完成までには、数え切れないほどのラフを描き、幾度となくクライアントとのディスカッションを繰り返したという。
「イラスト自体は単純なものですが、ここにに至るまでは、本当に長い道のりだったんですよ」と、岡部さんは笑う。
スマイルシリーズに代表される、かわいらしいイラストから、抽象画的な要素が強いペインティング、3次元の造形物まで、さまざまな分野に表現の場を求める岡部さんは、人や動物、花や葉っぱといった生物をモチーフにすることが多い。すべての作品に通底するのは、自然界に存在するものが持っている美しいフォルムと生命のエネルギーが表現されていることだ。
「川原の道を歩いているときの心地よさ、野山の空気を胸いっぱいに吸い込んだときの充足感。そんな心が満たされた理想の瞬間を、絵を通して表現したいと思っています」
作品の持つ力強さもやさしさも、日常の些細な発見の中に感動を見いだす、岡部さんの繊細で豊かな感受性が源なのだ。
幼い頃からの夢にかけデザイナーから転身
岡部さんは油絵を趣味としていた母親の影響もあって、絵を描くことが、何よりも好きな少年だった。カンバスが掛けられたイーゼルの横で、絵の具の香りに包まれながら、画集のページをめくる。絵画は常に生活の傍らに存在した。
「ろくに勉強もせず、絵を描いてばかりの毎日でした。教科書には、もちろんパラパラマンガ(笑)。そんな調子ですから学校で注目を集めることはありませんでした」
しかし、ある日、岡部少年の心を湧き立たせる出来事が起こる。図工の時間に描いた花の絵が、担当の先生からクラス全員の前で絶賛されたのだ。
「うれしかったですね。そのときに、漠然とですが、絵を描くことで生きていけたらな、と思いました」
高校時代は美術部に在籍。美大を出た姉がデザイン事務所に就職したのをきっかけに、デザイナーという存在を意識するようになり、東京のデザイン専門学校に進学した。そして卒業後、広告をメインに手がけるデザイン事務所に就職し、仕事に追われる日々を過ごすことになる。まれにイラストの依頼もあったが、仕事で疲れきった体に鞭を打ち、自宅で夜中の作業をこなすという状況だった。
ほぼ10年間に、デザイナーとして、一定の知識と技術を身につけた。しかし、30歳を目前に控えたとき、子供の頃から思い続けた夢が、徐々に頭をもたげ始める。
「もう、今しかないと決心して会社を辞め、『今日からイラストレーターです』と自己申告したわけです。誰も言ってくれませんからね(笑)。なんの保証もありませんでしたから、今から考えると無謀なスタートですね」。