小学校の実践事例

渾然(こんぜん)一体の学びと暮らし一人ひとりと向き合う授業  
〜くさや作りを通じて学ぶ郷土の息吹〜 東京都・新島村立若郷小学校

若郷小学校校舎東京から南へ約160km。太平洋の青海原に浮かぶ伊豆諸島の中ほどに位置する新島。限られた児童数、地域の人たちの深いつながりといった離島ならではの環境の中、ユニークな取り組みで子どもたちの学びを深めている小学校がここにあるという。島の特産物として知られる「くさや」作りを取り入れた授業、少人数学習に情報機器を積極的に活用しているという授業の様子を見ようと、島へと向かう船に乗り込んだ。

青海原を越えて

若郷小学校周辺の風景

若郷小の屋上からは、太平洋の大海原を望むことができる。校地に面してそびえ立つ岸壁は圧巻。島の自然と常に向き合う学びの場となっている。

夜10時、新島行きの船は東京港を粛々と出航した。新島までの距離は160kmあまり。東京から同じ様な距離にある都市としては、たとえば山梨県甲府市などがあるが、陸路と海路とでは、その距離感はまるで別物となる。

東京湾内では穏やかだった船旅も、浦賀水道を抜けて外海に出ると、一転、白い波が船体に向けて牙をむきはじめる。すんでのところで乗り物酔いを免れた記者たちは、約10時間の船旅の末、新島港に一歩をしるすことができた。目指すは、取材先の新島村立若郷小学校だ。

災害にも負けない
地域のきずな

新島は平成12年、マグニチュード6.3の新島近海地震に見舞われた。最大震度は6弱とされるものの、その数字は島の南部のものであり、より震源に近い北部に位置する若郷地区では、さらに大きな揺れに襲われたと言われている。

ほどなくして私たちが到着した若郷小学校は若郷地区の一番奥、巨大な岩壁の下に位置していた。島では古くから「絶対に崩れない」と言われた強固な地盤であったが、この地震では一部が崩落。

校舎や生徒に大きな被害はなかったというが、当時の子どもたちや先生方が感じた恐怖は想像に余るものがあったに違いない。

今、その爪痕が目につくことはないが、地震の際に人的被害を出さず乗り切れたのも、地域の人たちの助け合いによるものだったという。そうした強いきずなを持つこの地区に立つ若郷小学校では、いったいどんな授業が行われているのだろうか。

マンツーマンの教室で

はっぴょう名人で作業中

背景選択や見出しの装飾など、子どもの好奇心のおもむくままに作業が進められていく。

目と目を見交わしての対話

マンツーマン授業ならではの、目と目を見交わしての対話。先生は子どもの、子どもは先生の瞳の奥をのぞき込んで、お互いの気持ちに手を触れながら学び合っていく。

私たちがまず最初にお邪魔したのは3年生の授業。といっても、若郷小学校の3年生は男の子1人だけだ。担任の山本先生とマンツーマンの授業が、多目的室で始まった。

今日の授業は、現在取り組んでいる「くさや作り」の様子を「はっぴょう名人」でプレゼン資料にまとめること。新島を発祥の地とするくさや作りには若郷小の全校児童が毎年取り組んでいるが、3年生がその取り組みをまとめ、発表することが通例だという。新島にあるもうひとつの小学校、新島小学校の3年生と合同で開かれることになっている発表会に向けて、その発表資料を作っていこうというわけだ。

ちなみにこのくさや作りは、そのために使用する「ショッチル(くさや汁)」のpH度を調べるなど、他学年でも多くの教科の学習と結びつけて展開され、単なる体験学習にとどまらない学びの核として生かされているという。

先生と向かい合って授業開始のあいさつを交わすと、早速パソコンに向かって作業がスタートした。

常に先生とマンツーマンの授業環境にあり、また子どもたち全員が物心ついたころから互いをよく知っているという地域の特性から、そうした枠の外にいる相手を意識した発表や、そのための資料作りには、見えない壁を越える必要がある。それはすなわち、「受け手を意識した発信」だ。

ところが、山本先生の授業からは、「課題」や「克服」を連想させる雰囲気を感じることがない。そこにはむしろあたたかい、ゆっくりとした時が流れているようだ。

くさや作りの様子を記録した写真をシート上に並べていく子ども。
「説明はどうするの? これ新島小で発表するんだぞ」と山本先生が問いかけると「後でいいや」との答え。
「それじゃ、まずは写真と背景を作っていこうか」山本先生はその気持ちを曲げないように応じる。とにかく大らかなのだ。

もちろん、これは放任ではない。同じく先生と児童との1対1の関係でも、多人数学級の中から切り出した関係と、そもそもがマンツーマンである関係とは、自ずとそのペースも、進め方も違ってきて当然だ。その都度方向付けを先生が行っていくというよりも、まずは子どもの興味のおもむくままに学習を進め、先生はそれと気づかないうちに、その学びを授業のめあてに向けて方向付けていく。それが若郷小学校の授業スタイルなのだろう。

単純な目先の面白さだけでなく、全校児童で取り組むくさや作りの楽しさや充実感が、その関心を裏打ちしていることが、子どもの言葉の端々に感じられた。学びの方向付けは、教室だけでなく、こうした学校生活全体で行われているに違いない。

少人数を生かす試み

コンピュータを使った学習に取り組む子どもたち

この教室では、他に同じく1人学級となる1年生も、コンピュータを使った学習に取り組んでいた。

新島小の子どもたちと給食の時間を過ごす

この日の給食の時間は、新島小との交流にあてられており、バスに乗ってやってきた新島小の子どもたちと楽しくおしゃべりしながらの食事タイムとなった。

このように、少人数校であることを授業の進め方にもしっかりと生かし根付かせている若郷小学校だが、そこにはどんなメリット、あるいはデメリットがあるのだろうか。

「よい点といえば、なんと言っても子どもの一挙一動をしっかり見ながら指導できることでしょうね」と山本先生。

今見たばかりの授業の印象がよみがえる。子どもの好奇心をいたずらに抑えることなく、それを伸びやかに引き出しながら学びを深めていくそのスタイルは、 確かに子どもの様子をしっかりつかんでいなくてはできないことだろう。若郷小の細川副校長先生によれば「本校の先生方には、小規模校ならではの授業がどうあるべきか、常に考えながら研究や実践を行ってもらうようお願いしています」とのこと。そうした意識的・自覚的な取り組みが、小規模・少人数のメリットを生かした授業につながっているようだ。

半面、少人数校ならではの苦労もやはり存在する。山本先生の言葉を借りると、それは「『違う』ことの価値を理解させる大変さ」なのだという。

生まれたときから、強いつながりを持った地域社会の一員として育ち、また、変わらぬ幼なじみと過ごしてきた子どもたちは、その枠の中で協調的にふるまう ことを知らず知らず優先しがちになる。そのため自分の意見を、特にそれが周囲と違うものであるとき、積極的に表明することが苦手だというのだ。
「他人と違う自分の意見を持つことの大切さや、自分と違う他人の意見に耳を傾けることの大切さといったことを身に付けさせることがとても大変ですし、また重要だと思っているんです」と山本先生は言う。

折しもこの日、給食の時間は新島小との交流にあてられており、バスに乗ってやってきた新島小の子どもたちが、若郷小の子どもたちと談笑しながら給食をとる様子を見ることができた。

そして、先ほどの授業で作られていたプレゼンシートが生かされるという発表会では、さらに「違う」意見に向き合い、互いを知り合う機会が作り出されていくことだろう。