小学校の実践事例
学びの成果を誰かに届ける試み
〜「本物」にこだわった出版学習を見る〜 千葉県・我孫子市立新木小学校
授業において常に重要なのが、子どもたちへの「動機付け」だ。「何のために取り組むのか」がしっかりと子どもたちに伝えられ、動機付けに成功した授業では、子どもの気持ちの中に学習に臨む「構え」が生まれる。今回は、本作りをテーマに、その成果が自分たち以外の誰かに届く「本物」であるということにこだわった実践を拝見しに、我孫子市立新木小学校へとお邪魔した。
緑と土の香りの中で
JR常磐線・我孫子駅から、成田線に乗り換えて3駅。新木駅は手賀沼北岸の田園地帯にある。駅周辺には真新しい道路が整備され、これから住宅地としての開発が進められようとするところだ。
新木小学校は、駅から国道356号線を挟んで北側に位置するが、学校の周辺は住宅地に入り組んで広がる緑豊かな畑作地帯になっている。
子どもたちが通う通学路もまた、緑と土の匂いに包まれ、四季折々の畑の作物はもちろん、多くの生き物たちにふれ合うことのできる環境だ。
私たちが新木小を訪ねたのは、梅雨の晴れ間の真夏のような日差しのある日。外は照りつける太陽の光で焼け付くようだったが、多くの窓が開け放たれた校舎の中には、自然の風が吹き抜けて心地よい。お聞きすると、新木小でエアコンが設置されているのはパソコン室などごく一部であるとのこと。情報機器が熱に弱いのは現在のところ致し方ないが、こうした恵まれた自然の中で、子どもたちが教室にしばられずに使えるテクノロジーが欲しいものだと感じさせられた。
出口からはじめる学習の動機付け
本日見せていただくのは6年生の国語の授業。ズバリ「出版学習」と銘打たれたそれは、子どもたちが自分だけの本作りに取り組むというものだ。
しかし、それがどんな内容であれ、まず大切なことは別にある、と指導にあたる野口先生は言う。
「よく言われることですが、授業には動機付けがとても大切ですね」
野口先生は現在教務主任を務め、学級担任を持っていないが、本作りは昨年、一昨年も実践した実績がある。
子どもたち全員が、それぞれ1冊の本を作る。もちろん内容も自分のオリジナル。その本作りを支えるのは伝えたい思い「テーマ」の存在だ。
「そのときには、市の生涯学習センター『アビスタ』の館長から、展示用の本を作って欲しいという依頼を寄せてもらう形を取りました。これだけで子どもたちの目の色が変わってくるんですよ」
変わってくるのは、やる気だけではない。誰に頼まれたかという意識は、同時に、誰に読んでもらうための本を作るかという意識につながる。すなわち「受け手」を意識した発信が、ごく自然に行われることになるのだ。
今回の取り組みでは「1年生に本をプレゼントしよう」と題して、下級生への思いやりを本という形にして手渡そうという動機付けがなされている。学校で身近に接する弟、妹たちの顔を思い浮かべながら取り組む本作りの成果はいかばかりだろうか。
野口先生は、学習の成果を「どこに出していくか」が学習全体に及ぼす影響を意識し、実践に結びつけているようだ。
ブレない気持ちテーマある本作り
授業の冒頭、「本物」の本に不可欠な奥付について語る野口先生。本作りには責任が伴うことを子どもたちに伝えていく。
子どもたちはここまですでに7時間の授業を使って、この本作りに取り組んできた。そのスタートは「本とは何か」を知ること。普段、当たり前のように接している「本」も、あらためて言葉で説明するとなるとなかなか難しいものだ。子どもたちは、調べ学習によって「本」を定義することからスタートした。
このことと並行して、サンプルとなる本を読む活動が進められた。童話や昔話を中心に、自分の作品のイメージをふくらませていく作業だ。読書を学習に取り入れている例は多いが、この取り組みのように自分の本を作るという目的があると、読む行為自体がそれまでにない深みを帯びてくる。
続いて行われたのが「構想」。本のテーマやあらすじ、どんな本にしたいかを、読み込んだサンプルなどを参考にして、おのおのまとめていく。
ここで先生が工夫したのが「テーマ」の設定だ。子どもたちがサンプルを真剣に読み込むことが望ましいのはもちろんだが、自分の作品作りにおいては、その影響が出過ぎてしまうことがある。つまり、形式的な模倣に終わってしまうことがあるのだ。それを先生の指導や子どもたち同士の学び合いの中で「自分なりの」作品にしていく課程が存在するわけだが、このときに芯となるテーマがあれば、手直しを重ねることで物語が方向性を失ってしまうのを防ぐことができる。
構想に続いて編集会議と執筆が繰り返されていくが、この会議の際には、テーマが近い子どもたち同士をいくつかのグループにして、互いの作品を読み、意見交換をすることにした。共通の「伝えたい」気持ちを持つ子ども同士の間で交わされた意見は、文字の大きさからふりがなの量、ストーリー展開の分かりやすさにまで及んだという。
そうして作られてきたデータが、いよいよ本の形になろうとしているのが今日の授業だ。
本物へのこだわりそこから見えてくるもの
今回の本作りに使用されたのは『ジャストスマイル2@フレンド』のワープロソフト『一太郎スマイル2』。
先生が挿入してくれた奥付のフォーマットに、自分の名前を入力していく子ども。自分の作品を世に出すことの責任感をかみしめる瞬間だ。
授業の冒頭、野口先生から今日の作業について説明があった。すでに子どもたちが完成させつつある表紙と本文に、さらに「奥付」を加え、それを印刷して本の形にとじるのが一連の流れだ。
「奥付」という出版用語が当たり前に使われ、しかもそれが子どもたちに抵抗なく受け止められていることに驚く。
続いて行われたのが「構想」。本のテーマやあらすじ、どんな本にしたいかを、読み込んだサンプルなどを参考にして、おのおのまとめていく。
これも、取り組みの最初の段階で「本とは何か」を調べる中で、本の体裁について学習済みであり、子どもたちはすでに奥付の何たるかを理解していたからこそだ。しかし、野口先生の指導は体裁を整えることに終わらない。
「奥付の基本的な形は、先生がみんなのファイルに加えてあります。この中の著者を自分の名前に、発行者は担任の先生の名前に変えてください」と先生。
「奥付に自分の名前を入れて本を発行することの意味をよく考えてください。自分の本に責任を持つこと。それが奥付の意味なんだよ」
動機付けによって「誰かに届ける」ために作る本。その奥付に自分の名前を入れること。受け手を意識することからスタートした取り組みは、ここで「送り手」の責任という意識にたどり着く。
表紙があり、本文があり、あとがきがあり、奥付がある。本物の本の体裁を、その意味合いまで掘り下げてまねることが、学習の意味合いを深めていくのだ。