小学校の実践事例

コミュニケーションを意識して コンパクトに自分を表現 
〜オリジナル名刺を作成して他校との交流会を盛り上げよう〜
東京都・品川区立上神明小学校

パソコンの便利さを理解し
コミュニケーションツールとして活用

細川猛彦先生

今回、初めてオリジナル作品を制作した子どもたちだが、最初に、写真の取り込み方などをじっくり説明し、手順をまとめたプリントを配ったので、スムーズに作業がすすんだ。

「文字にデザインを施すことに関しては、時間に余裕があれば、指導する予定でした。子どもたちは凝り出すと時間を忘れてしまうので…本当は教えたくなかったんですよ」
と、微笑む細川先生。

「でも、“自分のことを相手に伝えたい”“一緒に過ごす子どもたちと仲良くなりたい”という意識が強く、意欲的に取り組んでくれました」
子どもたちが、自分たちで機能を見つけ出し、さまざまな工夫を凝らしていた姿が印象的だった。

また、自分のことを短い言葉で表そうと一生懸命考え、『声をかけてください』と呼びかける言葉を入れるなど、当日、積極的にコミュニケーションを図れるよう工夫していた。「伊藤小学校の子どもたちと過ごす時間をより楽しくするため」という名刺作成の意図を十分理解していたようだ。

 

移動教室、楽しみだね!!

「日光移動教室」での他校との交流は恒例行事で、前年までは手描きの名刺を持参していた。
しかし、手描きの場合、名刺のサイズが大きくなってしまい、交換の際、ポケットに入れておくことができない。さらに、パソコンの場合は、何枚でも印刷できるという利点がある。写真を入れられるので、名前と顔がすぐに一致するのもメリットだ。

「子どもたちがパソコンを使う際に、その向こうには必ず人がいることを意識してほしい。今回の名刺づくりでは、相手に自分のことを伝えることを意識しながらパソコンに接することができたと思います。パソコンの便利な部分を理解して、どんどん活用してほしいですね」
と、細川先生。コミュニケーションツールとしてのパソコン活用に期待を寄せる。

品川区が取り組む教育改革

品川区

学校改革が急務といわれるなか、東京都品川区は平成12年度に独自の教育改革『プラン21』をスタートした。その一環として上神明小学校が実践研究に取り組んでいる“系の学習”“小中学校の一体的接続”について、天野和雄校長にお話をうかがった。

劇的な教育改革『プラン21』に取り組む品川区

品川区の『プラン21』は、各学校における子どもたちや地域の特性・実態を活かし、特色ある学校づくりを進める取り組みだ。その方策として「学区制の廃止」「自律的学校経営の展開」をはじめ、「習熟度に応じた個別学習や小学校における教科担任制」「新教科の開発と実施」など、次々と教育改革プランを実行している。

平成13年、文部科学省は品川区内の上神明小学校、伊藤小学校、冨士見台中学校の3校を、“文部科学省研究開発学校”に指定した。

品川区の研究開発学校3校は、『プラン21』の一環として、「確かな学力の定着と、個々の子どもに応じた指導法の開発」という課題に向け、一体的編成を組んで研究開発にあたっている。そして、研究の大きな柱となっているのが“教科再編”と“小中学校の一体的接続”だ。

学びを「系」でとらえ直す、教科再編の取り組み

教科再編のポイントは「系の学習」の導入。子どもたちの「もっと知りたい、もっと学びたい」という気持ちを優先し、教科の枠にとらわれない学習活動も取り入れていこうとするものだ。

現在、上神明小学校と伊藤小学校では、筑波大学の田中統治先生の指導を仰ぎながら、従来教科で行っていた学習を、言語、自然、社会教養、健康、芸術の5つの系に再構成したカリキュラム作りが進められており、それぞれの系には、現在の教科指導の内容がすべて含まれるように工夫されている。たとえば、従来の理科的内容は自然系と健康系にまたがって含まれるなど、系と教科は1対1の関係にはなっていない。


(1)言語系…国語・コミュニケーション活動としての英語
(2)自然系…算数・理科
(3)社会教養系…社会科・道徳・特別活動
(4)健康系…保健・体育・家庭科・理科のうち人間の身体に関わる部分
(5)芸術系…音楽・図工

とはいえ、全面的に系の学習でカリキュラムを組んでいるわけではない。系ごとに、年間50時間ずつの授業を設定し、教科の学習と並行して進めている。

 

天野和雄校長先生

上神明小学校の天野和雄校長は、
「本来、子どもたちは総合的な学びを通じて、生きる力を身につけるべきです。しかし、現行の指導要領ではあらかじめ枠が設定されているため、子どもがより深い関心を抱いたとしても、それを追求していく活動はできません。系の学習は、そうした垣根を取り払い、子どもが学ぶ価値を実感しながら意欲的に学習に取り組んでいけることを目指しています」
とねらいを語る。

この系の学習の具体的な取り組みには、まず教材開発があげられる。教科の枠にとらわれず、「子どもたちの意欲」をキーワードに、さまざまな教材を柔軟に開発している。
たとえば、食べ物の味覚の学習で、子どもたちが甘みについて強く関心を抱いたとき、中学校から糖度計を借りて実験した。子どもたちの「もっと調べたい」という声を尊重した結果だ。

このように子どもの興味や意欲を活動の中心に据える「系の学習」だが、これを成立させるためには、基礎的な知識・技能を身につけることが重要となる。

このため、上神明小学校では、クラスをいくつかのグループに分けて、担任の先生を中心に数名が指導に当たる習熟度別指導の時間を設けている。こうした時間は、全学年において週4時間、算数と国語の基礎・基本を定着させることを主な目的に実施している。とくに、算数は技能的な要素が強いので成果が出やすく、意欲を育てる学習に向いている。成果が出るのはとてもうれしいことだからだ。

子どもたちの興味や意欲を大切に

「理解する喜びや自信が、新しい学習への意欲につながります。“おもしろいからもっとやりたい”というのは、子どもも大人も自然な流れ。少人数学級・習熟度別学級のねらいはそこにあります」
と天野校長。意欲を中心に据える学習を成立させるのが習熟度別学習、というのは一見意外だが、考えればもっともなことである。

また、系の学習で身に付けたスキルを個々に伸ばす学習を“スキルアップ学習”と名付けて実践している。教師や保護者と相談しながら、子どもが自らの適性や能力、興味に応じて課題を選択する学習だ。これまでに、芸術系から発展したドラムレッスンなど、ユニークな実践が行われている。グループや集団での一斉指導ではなく、一人ひとりの能力を引き上げるのが目的だ。

これらの系の学習を導入することで、時間割の見直しも必須になる。上神明小学校では、これまで長い時間をかけていた運動会や学芸会など、行事の見直しも進めている。

小学校と中学校の段差を取り去る一体的接続

系の学習を中心とした教科再編とともに、進められているのが“小中学校の一体的接続”。

義務教育を9年というスパンで捉え、小学校と中学校の段差を緩やかにしようとするものだ。天野校長は現在の制度の問題点をこう説明する。

 

小学校から中学校へのステップもスムーズに

「小学校は原則的に学級担任制であるのに対し、中学校は教科担任制。今までとは異なる環境や先生との距離、友人関係の在り方が子どもたちにとっては大きなストレスに。また、中学では受験を控え、保護者や先生たちの接し方も急に大人扱いになる。こうした小学校との段差に不安を感じています」

現在、上神明小学校、伊藤小学校、冨士見台中学校の3校の先生たちにより、月2回以上の分科会が開かれている。小中学校の先生が、現場レベルでさまざまな意見を交換することで、改めてそれぞれの役割が見え始めているという。

そのなかで、2校の小学校の6年生が中学校を訪れ、中学校の先生に専門系の学習の指導を受ける試みが、今年度スタートした。また、引率した6年生の担任が、小学校で学習する基礎学習が身に付いていない中学生に対してフォローアップ学習の指導をする。

また、新たに“学習指導カルテ”の作成にも着手。これまで、小学校から中学校への引き継ぎ内容は、成績表と行動記録程度だった。これに対して、新しい学習指導カルテには、中学校での指導に活かすため、小学校でのスキルの獲得状況やその子の特性が詳しく記録されている。主に、子どもたちのプラス面を記し、その部分を伸ばそうとするのがカルテの考え方だ。カルテは指導要録とは別に小中9年間継続で記録される。

実践を重ねカリキュラムづくりに活かす

現行の学校教育は、明治以降の長い歴史の間に、さまざまな研究者や学校の先生によって作り上げられてきたものだ。それだけに実践研究を実施するうえで、もっとも重要で難しいのはカリキュラムづくりにある。

「改革は決して簡単ではない。我々が取り組んでいることは、まだほんの入口でしかないという認識に立ち、慎重に進めていく必要がある。今は、着実に実践を積み重ねていくことが大切だと考えています」
天野校長は、効果確認の重要性を指摘する。また、
「その点私は、7年間この学校で校長をやらせてもらえた。実践の継続という点ではよかったが、前例主義に陥ったり、安定を求めたりしていないか、常に自戒しています」
と、語ってくれた。

研究3年目を迎えた今年度の目標は、系の学習における指導要領のベースとなるものを形づくることだという。今、熱意あふれる先生たちの手によって、教育改革が着実な一歩を踏み出した。

◆品川区立上神明小学校

昭和15年開校。平成8年にコンピュータ、9年にインターネットが導入された。平成13年からは文部科学省研究開発学校の指定を受け、品川区の教育改革『プラン21』の実践研究に取り組んでいる。基礎・基本をしっかり定着させ、持っている力を伸ばしながら、人間性豊かな子どもたちの育成を目指す。児童数229名。

取材・文/マロニー 撮影/片桐圭
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。