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みんなここに還ってくる
馬路村農業協同組合代表理事組合長 兼 馬路村観光協会長
東谷 望史(とうたに・もちふみ)さん

がむしゃらが成功を生んだ

馬路村農業協同組合。
馬路村農業協同組合。2 つあった営林署のうち1つを改築し、使用している。馬 路村農協のURL(www.yuzu.or.jp/)が、ゆずに対する思いを端的に表している。

そんな苦闘のさなか、突然に前途が開けたのは、1980年春、神戸市の百貨店でのこと。

何と本籍地が馬路村だという百貨店の担当者が、特別にエスカレーター前のスペースを都合し てくれたのだ。人の流れをつかんだ途端、商品は飛ぶように売れ始めた。売り場に持ち込んだ在庫はあっという間に底をつき、東谷 さんは連日追加分を取り寄せたが、それも追いつかないほどの売れ行きだった。

奇遇ともいうべき、人の縁が拓いた道。この時催事場に押し寄せた多くの買い物客からは、品 切れの商品を求める声や「ビンは重いから自宅に送ってほしい」という声が続々と寄せられた。

「産直や!」

東谷さんにそう決意させた、これはひとつの転換点となった。

成功が失敗を、失敗がまた成功を生んだ


馬路村まるごとセット2馬路村まるごとセット2(5,000円)。緩衝材として入っているのはゆず柄のタオル。ゴミになる緩衝材は使わない、という工夫だ。

スーパー勤務の経験で進めてきた催事での販売とは異なり、通信販売は全く未経験の取り組みだった。今でこそ宅配便の集荷は村まで来るが、通販開始当初は村から直に発送する手段がなく、箱詰めした商品を往復2時間かけて隣の安芸市まで運ばなくてはならなかった。

「それでも、当時の注文のハガキは本当にうれしかった。催事で買ってもらった品物を、気に入ってもらえた証拠やき」

続けて買ってもらえる、使ってもらえるものを作る。それは東谷さんの一貫した戦略でもある。

「お土産でも、特別な時しか食べないようなご馳走じゃ、買ってもらえてもそのとき限りで終わり。毎日使うようなものは、 気に入ってもらえれば、ずーっと続けて使ってもらえるがよ。」

古くからゆずに親しみ、暮らしの中でゆずを生かしてきた馬路村。だからこそ着飾った「ハレ」の品物ではなく、日々の生活に欠か せない「ケ」の品を届けたいという思いが、催事の場に終わらず、そこから広がる顧客との結びつきを生み出すことになった。

しかし、手探りでスタートし、急拡大した通販事業では、多くの失敗を味わうことになる。期日に荷物が間に合わない、請求書の送付ミス……その都度、お客さんのお叱りに頭を垂れ、お詫びを重ねてきたと東谷さん。

「失敗を失敗で終わらせてはいかん。その都度、徹底的に原因を掘り下げて、二度と同じ失敗はせんようにする」

単に失敗を教訓にするだけでなく、迷惑をかけたお客さんに対する誠意あふれる対応もまた、馬路村ファンを増やす原動力となっている。転んでもただでは起きない。それもまた東谷流なのだ。

何もかも還ってくる

自分がしてもらってうれしいことは、すぐやる。それが東谷流。

かくして『ゆずの村』は全国区の人気商品となり、1988年には『日本の101村展』で最優秀賞を受賞。同年、新たなゆず加工品として発売したゆず飲料『ごっくん馬路村』は、「みんなぁ、ごっくん、やりゆうかえ」というシンプルでインパクトのあるロ-カルCMと、その爽やかな飲み心地で、地元ではたちまちヒット商品となった。

失敗が成功を生む糧だったように、必死に勝ち取った成功は、村に自信をもたらした。大人たちの悪戦苦闘は、子どもたちに誇りを与えた。村から町へ送られた思いのこもった商品は、収入だけでなく、賞賛や憧れとなって村へ帰ってきた。

若い日、「農」を自分の仕事にできなかった東谷さんは、今、多くの雇用を生み出すことを仕事にしている。

「雇用は結果。ゆずを売ることが村を売り出すことにつながり、結果として仕事が増えた」

ふるさとを尋ねられたとき、みんなが自信を持って「馬路村です」と言える、そんな村にしたいと東谷さん。

「田舎が都会を目指したち追いつかん。都会の人がうらやむ『ゆっくり』を武器にすれば、いくらでも打つ手はある」

ゆず一筋と決めてこのかた、この村が積み重ねてきた日々について知るには、日帰り取材など無謀でしかなかった。失敗を糧にして成長してきた馬路村農協の足跡を思えば「こりゃ無駄にできんがよ」となる。またの機会には必ずや宿を取って、ゆるやかに流れる時間と村の空気を「ゆっくり」満喫したい。


■馬路村農業共同組合 http://www.yuzu.or.jp/

>>東谷望史さんの生き方年表はこちら!

取材・撮影・西尾琢郎
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。