キャリア教育ヒントボックス
相手は自然=大変なのは当然 でも、何より海が好きだから
ハマチ養殖業を営む 西村 開(にしむら・ひらく)さん
育てることが好き 教師と漁師の共通点
網ですくい上げたばかりの、大きなマダイとハマチ。「魚が人間の言葉をしゃべれたとしたら、上げた直後はきっと『苦しい、苦しい』って叫んでると思うんですよ。これは魚だけじゃなくて、たとえば野菜だって同じです。だからこそ我々は自然に感謝し、食べ物を粗末にしない。当たり前ですけど、とても大事なことですよね」
なぜ単なる漁師ではなく、養殖漁師なのか。西村さんに伺ってみた。
「育てることが好きなんですね。毎日エサをやって、手をかけて。子どもみたいなものです」
ブリはマダイのように人工孵化の技術が確立していない。よって養殖業者は4月ごろ、三重沖まで天然のモジャコを捕りに出かける。流れ藻と共に漂い、動物性プランクトンを食べつつ生息しているモジャコを、採取でき次第戻り、餌付けをし、養殖いかだに移して育てる。需要の多くなる年末から3月にかけては出荷作業だ。生き物を扱うだけに、長期の休みも取れない。
「私はこの仕事が好きだからいいんですけど、女房と娘2人にはすまないと思っています。ろくに旅行にも連れて行ってやれなくて」
とは言え、出荷を終えて、カラになった養殖いかだを見ると、不意に寂しさを覚えることもあるという。
「卒業式を終えた先生もこんな気持ちになるんじゃないかなぁと思いますね」
漁師の「師」には、「職業を示す接尾語」という意味だけではない「何か」が含まれているのかもしれない。
「好き」であることが最強の武器
かじを握る西村さんの左手。たくましい腕は、40代とは思えないほどだ。一時は握力が90kgを超えたことも。「本当は色白なんですよ」と笑う西村さん。確かに、顔と腕以外は驚くほど白い。
「あと5年ですね。5年後には、体力的にもだいぶきつくなってくると思うんです。ですから、あと5年続けたらハマチの養殖からは引退して、この錦で伊勢エビでも捕りながら、のんびり暮らしていきたいですね」
ハマチの養殖から引退しても、海からは離れないと西村さん。錦湾は古くから「漁場の錦」として知られているところだ。熊野灘きっての釣りの名所でもあり、釣り宿も多い。
現在高校1年生と3年生のお嬢さん2人のうち、どちらかに継がせるつもりは?と問うと、西村さんは「ない」と即答。
「だって大変だもの(苦笑)。よっぽど好きで養殖業を継ぎたいって言う人と娘が結婚したなら考えますけど、とりあえずは反対しますね(笑)」
「子どものようなもの」という言葉の通り、魚に相対する西村さんの表情は穏やかで、やさしい。
ただ、錦港では養殖業者がどんどん減ってきている。かつては錦湾を埋めるほど浮かんでいた養殖いかだも、今は半分以下に減っている。
「だから逆に、始めるなら今のうち、とも言えます。錦も例外なく高齢化の波が押し寄せています。何しろ、私でも若手ですからね」
海が好きで、船が好きで、釣ることより育てることが好きなら、養殖業に向いている。そう西村さんは言う。
「自然が相手ですから、大変なのは当然です。台風に赤潮、いくら頑張っても、一晩で魚が全滅することもある。それでも続けてこられたのは、やっぱり好きだからなんですね」
「好き」であることを最強の武器にして魚と向き合う西村さんは、最高に「カッコイイ」オヤジだった。