キャリア教育ヒントボックス
純粋に空を飛べることが喜び
〜夢を翼に大空を舞う パイロットという仕事
副操縦士 篠宮 治郎さん
航空大学校への進学を断念するも 自社養成パイロットに見事合格
篠宮さんは幼い頃から乗り物が好きで、小学生の頃は電車の運転手にあこがれていた。中学生になると、パイロットを職業として認識し、「いつかは旅客機の機長として、世界の空を飛びたい」という夢を抱くようになる。
そして、「高校生のときに初めて飛行機に乗ったのですが、そのとき『自分にはこれしかない』とピンときたんです。将来はすべての航空会社にアタックしよう。もし合格できなかったら、自衛隊でパイロットを目指す。それも叶わなかったら、自分でライセンスを取得しよう。そう、心に決めました」。
それまでの“夢”を明確な“目標”に変えることができた篠宮さんは、航空大学校への進学を望んだが、両親の反対にあって断念。一般の大学に進んで機械工学を専攻したが、思いは常にパイロットにあった。
そして大学3年生のとき、全日空の「自社養成パイロット募集」という新聞広告を目にする。
「夢を現実に変えるチャンスは今しかない」
そう思った篠宮さんはすぐに応募。厳しい試験に挑戦することになった。
試験は一般教養や基礎学力を試すものもあるが、その難しさは「航空身体検査」と「飛行適性試験」にある。
「身体検査では、まさに頭のてっぺんからつま先まで、すべてを詳細に調べます。例えば目についての検査項目だけでも遠視力、近視力、中間視力、夜間視力、深視力など20項目以上にのぼります。しかも一般的な健康レベルではなく、航空業務に耐えうるだけのレベルがあることを、全身の各部で確認される。自分ではどうすることもできないこともあり、これが最大の難関だといえます」
また、4日間をかけて(現在は2日間)実施される飛行適性試験は、フライトシミュレーターを使っての試験。
「当たり前ですが、受験生は飛行機の操縦に関してはまったくの素人。いきなり操縦桿を持たされると、誰もが緊張します。これも事前に学習することができないので、でたとこ勝負。そのなかで試験官がパイロットとしての素養を見抜くのです」。
篠宮さんはこうした試験をすべてクリア。ようやく長年の夢を実現する道が開けた。
「合格したときは本当にうれしかったですね。高校のときは『パイロットなんて無理だ』と言っていた両親も喜んでくれました。とくに父は船乗りでしたから、私が同じ乗り物を操る仕事に就いたことがうれしかったようです」。
何ものにも変えられない 空を飛べることの幸せ
全日空の昨年度の採用データを見ると、40人の採用に対し約2500人が受験。実に62.5倍の競争率となった。また、今年度は8500件の資料請求があるという。
まさに“狭き門”、選ばれし者だけが座ることを許された黄金の椅子のように思えるが、篠宮さんはこの考えをあっさりと否定する。
「パイロットは特別な能力が必要な職業と見られがちですが、初めからパイロットとして生まれる人はいません。みんな“パイロットになる”のです。その証拠に私を含めてパイロットはみんな、いたって普通の人ですよ(笑)」。
パイロットは天候の急変、機材の故障、急病人など、常に不測の事態に備えておかなければならない。どんな状態に追い込まれても、決してパニックに陥らない心の強さが必要だ。篠宮さんはそうしたメンタリティさえ、後天的に身に付くものだという。
「自社養成パイロットとしての厳しい訓練を受けるなかで、誰もが強い精神力を獲得していきます。また、私がパイロットになってからの7年の間にも、さまざまな不測の事態が起こりましたが、それらは機長からのアドバイスなどによって、処理することができました。多くの経験を積むなかで、パイロットとしての技術と精神が鍛えられていくのです」。
それでは、パイロットに必要な資質とは何か。
篠宮さんは第1に「努力家であること」を挙げた。パイロットは半年に1回、航空身体検査と操縦技術の審査を受けなければならない。これをパスできなければ、直ちに乗務停止。1カ月後の再検査、再審査まで飛行機を操縦することができなくなる。そのため、パイロットは常に健康管理と技術・知識の向上に努めなければならないのだ。篠宮さんは語る。
「私は甘いものに目がないのですが、検査のことを考えて控えるようにしています。また、知識や技術の勉強は入社以来、ずっと続けています。医者や弁護士であれば資格は一生ものですが、パイロットのライセンスは半年ごとに試される。だから自分を律する努力と、勉強を続けていく努力ができる人でなければ務まりません」。
そしてもうひとつ、篠宮さんはコミュニケーション能力の重要性を説く。
「技術の伝承という面で、機長と副操縦士は、師匠と弟子の関係に似ている部分があります。パイロットというと一匹狼的なイメージがありますが、周りと協調できなければ高い技術を身に付けることはできません。ときには厳しく指導されることもありますが、それを謙虚に受け入れる姿勢が大切です」。
現在、規制緩和の流れを受けて、航空身体検査の基準が緩やかになる傾向がある。狭き門であることに変わりはないが、確実に門戸は広がっているのだ。
「私は子どもの頃、よく原っぱに寝ころんで『雲の上はどうなっているのだろう』と考えていました。そして今、実際に雲の上を飛ぶと、空は本当に美しい。立ち昇る朝日、沈む夕日、夜になれば満天の星空。常に違った表情を見せてくれる空を、大好きな飛行機で飛べることの幸せは何ものにも代え難いものです。だからパイロットを目指している人は、その夢を簡単にあきらめないでほしい。空を愛する心があれば、夢はきっと叶うと思います」。
PROFILE
篠宮 治郎(しのみや・じろう)
埼玉県立春日部高校を卒業後、東京理科大学理工学部機械工学科に進学。在学中に全日空の自社養成採用試験にチャレンジし合格する。97年から副操縦士として活躍。趣味はテニスで1児のパパでもある。